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最近の世の中は目まぐるしく、天変地異、不況の嵐と一寸先は分かりませんが、何が起きても全てよしと受け止められる強い心を持ちたいと願っています。・・・」、これはある日の全国紙の投書欄の最後を飾ったある主婦の一文の抜粋です。

全国紙ですので多くの人が目にしたでしょうが、恐らくは殆んどの人が覚えておられないのではないかと思います。それほど平凡な個人の日常を綴った文章の一部で、よく私共が見聞きするような内容のようではありますが、その実、今の私たちを取巻く社会環境の一面を的確に言い得ていて、殆んど異論を差し挟む余地のないくらいではないでしょうか。

 このように今の社会状況は「目まぐるしく」、これまでには想像だにできなかったような「天変地異」に見舞われ、「一寸先は分か」らないくらいに不明感が漂っています。そしてそのような世の移り変わりや出来事を伝える多くの情報が瞬時に駆け巡り、身の回りにあふれ、私たちの五感を揺さぶります。その様な情報の洪水の中で私たちの日常は不安が募り、生きていくための心のバランスをとり難い、どうも居心地の悪い世の中になってはいないでしょうか。

それだからこそ人は日常に「笑い」求め、生活の中に「癒し」を採り入れることに大変なエネルギーを費やします。

 人は多くの場合、身の回りに起こる事、心に感じられることを頭の中の知識で考え、自分の経験に照らして理解し、それを基にして結論を導き出し次の行動を決め自らの考え方を作り出します。

 私たち〔人間禅〕は、そのような「今の自分」というものをいったん全て棚上げして、「自分の計らい」というものを一切放棄して、毎日の、限られた時間ですが座布団の上に座り、そして、自分の呼吸だけに精神を集中して、心の中に想起してくる色々な記憶やそれに連なる思いをその時間だけでも徹底的に排除する、その様な作業を毎日繰り返すことをしています。

そのことにより、日々の生活にかまけて失われがちな、人間ならば誰しもが本来必ず持っているはずの「本来の自分」を少しづつでも思いおこし、人間として本来の生き方を取り戻そうとしています。

 私たちの〔人間禅〕は、明治の初頭、日本の文明開化がまさにこれから始まろうとしているそのさなかに山岡鉄舟、中江兆民、高橋泥舟ら当時の慧眼の人達が、時代の転換点の騒然とした世の中にあっても「人」として激動期のこれからの日本を背負っていける人物を育み世に送り出す必要を痛感し、それには「坐禅による人格形成」が最も相応しい、との考えによって立ち上げられた「人づくりの会」です。

今、私たちは、このような先達の志の流れを受け継ぐと共に、その基となった「禅」が本来備えている「人間形成のための最も有効な手段」として、私たちもそうなのですが一般社会にあって働き、学びそして生活している人達、いわゆる在家の人達も「禅」の修行をすることにより「心が定まり」、「人間力」を養うことができるような場を得たいと願って集まってきています。そして、そこでは私達は、私達自身の意思で運営し、自分達の分に添って修行し、夫々が自分磨きに日々励んでいます。
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人間禅とは