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ブログ - 20191012のエントリ

 

道場建設まで、坐禅の効用㊷

 
昭和五十五年には姉崎大光居士の提案で広大な自宅の庭にプレハブの道場を作り、向いの拙宅の一部もお茶室とか老師のお風呂とか夜坐室などに使い、自前の道場で修禅会が開催されるようになりました。
 三年後の昭和六十二年には支部結成式を、この道場に全国の道友師家がたをお招きして開催しました。
 この道場では以来十四年間、坂東支部摂心会を厳修しました。
 われわれ学人にとっては使いやすくこれで十分でしたが、磨甎庵老師からもっと本格の道場をつくるようにとの師命があり、土地探しがはじまりました。

当時はオウム真理教騒ぎの数年後であったために、禅の道場建設の土地購入は困難を極めました。
 潮来出身の会社の同僚であった原三郎氏にこの土地探しの相談をもちかけ、潮来地元の名士原茂夫氏を紹介され、土地取得でも多大のなお骨折りをいただきましたが、道場建設委員長もお引き受けいただき、地元の大勢のかたから道場建設資金をただくまでのお世話になりました。

本格の道場は旧仮道場から車で七、八分の潮来市釜谷に平成十二年に完成し、地元や全国の道友のご参加を得て落慶記念式を行いました。
 

(丸川雄浄著「坐禅の効用」より)

 


 
 

 
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歴史ウォーク:相国寺十牛図と京の紅葉を巡る
 
テキスト ボックス:  
1.尋牛 - 仏性の象徴である牛を見つけようと発心したが、牛は見つからないという状況。人には仏性が本来備わっているが、人はそれを忘れ、分別の世界に陥って仏性から遠ざかる
令和元年歴史ウォークを下記のように企画しました。是非、ご家族、お友達をお誘い合わせの上ご参加下さい。

 

関西道場:京都府八幡市橋本東原28(別紙地図参照)

    (支部長 坂本法燈090-3927-1237

先着15名とさせていただきます。

 

(1)          12月7日()

(10:00に道場、または13:30に出町柳集合)

10:00 ~11:05 通常の土曜静座会(関西道場)

11:05~12:00 茶話会、昼食(各自持参)

 

12:00~道場出発 京阪橋本~出町柳

 

13:30 京阪出町柳 改札前集合 歴史ウォーク集合

テキスト ボックス:  2.見跡 - 経や教えによって仏性を求めようとするが、分別の世界からはまだ逃れられない。

相国寺の十牛図(前半:1~5までの展示です。後半は1/113/29の公開です)

京都御所と紅葉、仙道御所(当日受付のため空きがある時のみ)

17:00 道場到着 

17:30 静座

18:00 懇親会

 

(2) 8日 (日)(集合場所は、未定)

6:00 起床

6:30 静座

7:30 食事

8:30 出発

京都の禅寺と紅葉の散策:「軟酥の法を授けた白幽子と白隠の関係を探る

15:00頃 解散

費用:(下記は概算です。詳細は、拝観料によって決まりますので、ご了解お願いします。)

連絡先:柏谷絶学
Yoshiaki.kashiwaya@nifty.com
090-8639-2665
 
7日のみ参加:3000円

懇親会:2000円

宿泊:2000円

8日のみ参加:3000円

関西道場へのアクセス:関西道場:京都府八幡市橋本東原28(別紙地図参照)

    (支部長 坂本法燈090-3927-1237


各図の解釈 参考資料

1.    尋牛 - 仏性の象徴である牛を見つけようと発心したが、牛は見つからないという状況。人には仏性が本来備わっているが、人はそれを忘れ、分別の世界に陥って仏性から遠ざかる。

2.    見跡 - や教えによって仏性を求めようとするが、分別の世界からはまだ逃れられない。

3.    見牛 - 行においてその牛を身上に実地に見た境位。

4.    得牛 - 牛を捉まえたとしても、それを飼いならすのは難しく、時には姿をくらます。

5.    牧牛 - 本性を得たならばそこから真実の世界が広がるので、捉まえた牛を放さぬように押さえておくことが必要[1]。慣れてくれば牛は素直に従うようにもなる。

6.    騎牛帰家 - 心の平安が得られれば、牛飼いと牛は一体となり、牛を御する必要もない。

7.    忘牛存人 - 家に戻ってくれば、牛を捉まえてきたことを忘れ、牛も忘れる。

8.    人牛倶忘 - 牛を捉まえようとした理由を忘れ、捉まえた牛を忘れ、捉まえたことも忘れる。忘れるということもなくなる世界。

9.    返本還源 - 何もない清浄無垢の世界からは、ありのままの世界が目に入る。

10.  入鄽垂手 - 悟りを開いたとしても、そこに止まっていては無益[1]。再び世俗の世界に入り、人々に安らぎを与え、悟りへ導く必要がある。

 

参考:

 耕雲庵立田英山「十牛図の講話」

影山純夫 『禅画を読む』 淡交社 2011年、ISBN 978-4-473-03726-8

 
 

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