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ブログ - 201907のエントリ

坐禅会にはじめてご参加の皆様へ
 
数息観(すうそくかん)のすすめ

坐禅(座禅)の仕方も正式な坐り方や、簡易の椅子坐禅もありますが、それは会場で体験して頂くとして、「数息観」について事前に説明させていただきましょう。

数息観とは?

§      数息観とは、坐禅を組んで静かに自分の呼吸を数え三昧(梵語のサマデイーに由来する精神の集中状態)に入る修行の方法で、乱れ散乱している心を鎮め、三昧の力を養います。
数息観は、一見簡単なように見えますが、実は容易なものではありません。
「数息観は坐禅のもっとも初歩であるが、
またもっとも終極である」と言われる所以(ゆえん)です。

§      (数息観の仕方
自分の自然な呼吸を心の中で数えます。始めの息を静かに吸いながら「いー」と、その息をそのまま受けて吐きながら「ち」と数えます、つまり、一呼吸(吸う息と吐く息)で「いーち」です。

次の吸う息と吐く息をもって「にーい」と数え、
次の呼吸を「さーん」と数えてゆきます。
そして、百まで数えます。
百まで数えたら、また「いーち」に戻って繰り返し行います。
線香一本分の数は、個人差はあると思いますが、大体「二百五十~三百五十」くらいです。
数息観は以下の条件を守って行ってください。
 

§   まず、数を間違えない

§      雑念を交えない

・上記2点に反したら、「いーち」に戻って数えなおす
この条件を満たしていることが『数息観』なのです。

この条件を満たすように数を数えていくと、中々数え切れずに途中で嫌になるかもしれませんが、それが修行なのです。

(二念を継がず)                        

数息観を行う上でよく言われることに「二念を継がず」と言うコツがあります。
この意味は雑念を相手にしないと言う事です。

すると、その雑念は「スゥー」と立ち消えてゆきます。
数を数える以外の周りの出来事に思いを巡らす(二念を継ぐ)と、次、そしてまた次と雑念が次々と起きてきます。
そうなりそうな時には「深呼吸をやや深く、大きめに取りながら」数息観に没頭します。
「ひたすら数を数えることを信じて疑わない」事が大切です。
 
(三昧-ざんまい)


三昧とは「心をいっさいに任せて、散乱させない」事です。
心を「今、当面しているひとつの事に集中させる」のです。
この三昧を基礎から身につけるための方法が「数息観」なのです。
嬉しいときには「嬉しい三昧」、悲しいときには「悲しい三昧」。
いつでもどこでも「三昧・三昧」の日常生活ができれば、人生、これほど快適なことはありません。学問研究、学業、学習、事業、仕事でも武道、スポーツ競技でも、三昧になれば効果は抜群に現われます。

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仏恩は尽きることなし、坐禅の効用㉞
 
前回引用した「槐安国語鈔講話」の中で、禅の功徳の位置づけが明確に示されていると思います。
 即ち、「禅の修行というものは、どんな動機から入っても悪いことはない。ノイローゼを治したい、意志を強くしたい、集中力をつけたい、自分を取り戻したい、自分が一番緊要としている目的のために入って差し支えない。」と、自分のための功徳を求めて禅を始めるのは結構であるとされています。
 10人が10人といってもよいくらいそうでしょう。
 小生も最初は10人の中だったと思います。
 しかし禅をやりだして、深く入れば入るほど、当初目的にしていた功徳が何と小さな目的であったかと恥ずかしくなるほど、禅には大きな功徳があることに気づかされるのです。
 功徳があるとかないとかということではなく、功徳を超えたものといいましょうか、この槐安国語の文章の中にある「名利勢誉」を超えた次元の違う大事なものが禅にはあるということに気づくのです。
 しかし深く禅に入れば入るほど功徳から離れるということではありません。
 むしろ人間形成の禅が深まれば深まるほど、(一)~(十三)までに書いた功徳は強く大きくなります。
 そして未だ禅に縁のない方には、その素晴らしさを回向したいと自然に思うようになってくるのです。
 ただ、人間形成の禅を究めてゆく動機が、功徳を求めてやるということではなく、強いていえば道そのものを求めるということになるのです。
 つまり功徳は、禅の修行の後から自然についてくるのです。
 それを求めなくてもついてくるということであり、何かのためにするのは本当の禅の修行ではないということです。
 また大なり小なり誰でも功徳を求めて禅の修行に入ってくるのですが、想定もしなかった予見のできない異次元の功徳に出くわし、まさに先人のたとえようもない有難い法乳をいただくということになるのです。
 仏恩は尽きることなしということを、しみじみ噛みしめ、焚香九拝するのみです。
 
(丸川雄浄著「坐禅の効用」より) 
 
 
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婦人の力を高めよう
 さて、いよいよ新たな世紀を迎える節目にさしかかってきた。私たちは、今、ここに生きている。21世紀はアジアの世紀といわれる。アジアに世界の視線が集まってきている。折しも、1995年、アジア(北京)で、初めて国連世界女性会議が開かれ、世界中の官民合わせて4万人もの女性が集まって、これからの世界をどう創っていくか、今までの体験を話し合い、各国の実情と問題点を明らかにし、解決のため行動しようと、はげしい論議が行われた。
 そして、「鍵は女性が力をつけることにつきる」と総括された。この総括は、アジアの急激な経済成長が、一方で、人権侵害や環境破壊を伴っている現状をふまえてのものであるが、これを単に政治的・社会的な問題提起としてだけと把えないで、女性の自覚と生き方はどうあればよいかという問いかけと広く解釈していくべきと私は思っている。
 女性が力をつけるとは一体どういうことか。

 先ず、自分自身で考え判断し、自分の足で立ち行動する力。女性の特性を大切にして、自信と誇りをもって生きる力。社会に眼を開いて貢献していく力。大自然とそこにはぐくまれているいのち(・ ・ ・)を大切にする力。などの力を養うことが重要であろう。

 しかし、より基本的には、自分とは何者かをしっかりと自覚する力をつけることが第一義である。

 幸い、私たちは、禅の道の中で、自己の存在とは、本来の面目とは、その上でどう生きたらよいかと、絶えず人生の根本義を自らに問いかける修行をしている。これは、自己の原点を見出す行で、生きるための絶大な力となる。居士禅が開かれ、男性と共に女性も禅の参究が可能となったことに、いまさらながら感謝せねばならない。多くの女性にこの道あることを広めて、いささかなりとも新しい世紀を迎えるに当たって女性の力を高めていきたいものである。

 ところで、法の上では男女の別はないと教えられる。それはまことにその通り。しかし、現実の存在として男女の別はまぎれもない。この頃男女ともに中性化が進んできたといわれるが、女が力をつけるといっても女性が男性化することではない。

 本来の意味で、男女の性差が鮮やかに存在することこそ、人間社会の豊かさの源泉である。そこに詩や歌も生れる。社会生活上の性差別、あるいは家庭内の役割分担などは、これから改善されていく余地があると思われるが、特に家庭婦人にとって修行しやすい状況が生まれることを願わずにはいられない。男性の理解が不可欠である。

 ところで、本格の参禅弁道に至るまでの、女性の人間形成の方法には、どんな工夫があるだろうか。その工夫の一つが婦人集会なのだが、ほかに工夫の余地はないものか。女性の心理的身体的な特性から導かれる生活の形・周期をしっかりと見極めて、その実現の上にたって、さらなる工夫を、全国の禅子の方々と一緒にやっていきたいと思っている。

 老いてなお、現役で居酒屋を営みながら、句作を続けている鈴木真砂女の最近の句に《心いまだ燃えるものあり初鏡》がある。生涯恋に生き、恋をうたった句が多いことで知られているが、90才のいま、なんと生き生きと、みずみずしく、つややかに、人生をたのしんで生きているか、その心と姿に打たれる。私はこれを大先輩からの婦人に対する応援歌として聞きたいと思った。
絆をもって道心となす、緝熙庵老禅子遺稿集「あけぼの」より 4/13 ② 

鈴木真砂女ミュージアムがある鴨川グランドホテル(左側の建物)(ウィキぺディアより)


 
 
 

 

 
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見性とは?坐禅の効用㉝ 注1※)、2※)

※1)三身

  法身仏・報身仏・応身仏(化身仏)

   四智

  大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智

※2)四句誓願

 四句誓願では、煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだんー煩悩は無尽なり誓って断ぜんことを願う)の次に、その目標を実現するための学道(道)として法門無量誓願学をあげ、最後に無量の法門を究極まで学びきわめせしめる無二亦無三(むにやくむさんー二もなく三も無い)の道として仏道をあげ、仏道無上誓願成としている。
 ここにいう仏道とは、宗門によって異なった理解がなされうるが、一般的にいえば{法華経}の開示した一仏乗の道であり、その一仏乗の内実がわれわれにとっては「直人心見性成仏」の禅道である。

 

 

 

 

 

 
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見性とは?坐禅の効用㉝


 見性とは、自己の本性を如実に見ることである。
 それによってこそ、真実に人間として生きることの貴さ、有難さがつくづくと噛みしめられる。

自分というものが本来仏であることが証得されるからである。

仏の三身四智が開示されて、仏の慈悲と知慧と戒律の心が自ずと現れ、そして四句誓願が生々世々と転じられてゆく。

故に、修行というものは、あくまでも道のためにして、己の一身の名利勢誉のためにしてはならない、そうでないと、その辱(かたじけな)さが骨身に沁みて分からず、徳というものが身につかないのである。

これは畏るべきことで、隠すことができない。(以上第三十則「大隋問僧」「槐安国語鈔講話」磨甎庵白田劫石老師著より抜粋)

 


 

これは「参学の功、自ら其の充ることを知らざれども、自ら四体に溢る矣」に対する講釈ですが、実に味わい深い一文です。

人間形成の禅の進むべき方向を明確にしめされており、われわれ在家禅者の日常における規範であると思い、三十年前から支部の亀鑑にしています。

 

(丸川雄浄著「坐禅の効用」より)

 

 

 

 
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坐禅体験会、摂心会開催のご案内「ひまわりイラス...」の画像検索結果暑い夏を

 

暑さ三昧で乗り切ろう

 

 

親子坐禅・茶道教室体験会

 

坐禅は鎌倉円覚寺派の居士禅会、三重四日市禅会禅会長田中太玄さん、

参禅は人間禅師家 粕谷要道老師、茶道は裏千家師範 小林宗房先生が指導します。

 

日時:8月3日(土) 午前 10時~ オリエンテーション  10時半~静坐・

   参禅体験  12時~昼食    14時~15時  茶道教室

(子供は10分×2 の静坐体験後、公文教室にて学習)

会場:公文久居新町教室隣、人間禅津久居座禅道場、日本文化研修道場

持ち物:お子さまの筆記用具、宿題等

会費:大人 500円  子供250円

 

親子坐禅・古武道稽古体験会

 

坐禅は同上。古武道は小野派一刀流インストラクター、三重四日市禅会副会長

小川韶春さんが指導します。木刀も貸し出しします。

 

日時:8月4日() 午前8時半~9時半 剣道型稽古  10時~オリエンテーション  10時半~静坐・参禅体験  12時~昼食

会場、持ち物、会費は同上。剣道型稽古の際は、徒歩で緑の風公園に移動。
 





 

 
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円形吹き出し: ストレスフルな日常の中で、
姿勢を整え、呼吸を整え、
各自が主体的に生きる肚つくりを
ご一緒に!

三重四日市禅会摂心会(坐禅、参禅体験会)
坐禅未経験の方、どなたでも大歓迎!先ずは15分坐る(数息観)の習慣から、初めてみませんか?土曜午後(14:00~)は茶道教室、日曜の午前(8:30~)は剣道型実習。

われわれ人間禅は、鎌倉円覚寺管長を務めた釈宗活老師より続く、円覚寺派の流れを継いでいる居士禅の会です。
日時:令和元年  7/31(水)21:00~8/4(日)12:00頃まで
坐禅体験会、摂心会開催のご案内坐禅体験会、摂心会開催のご案内坐禅体験会、摂心会開催のご案内坐禅体験会、摂心会開催のご案内坐禅体験会、摂心会開催のご案内 

5日間の坐禅会ですが、途中参加、途中退出可能です。

ご自分の都合に合わせてご参加下さい。親子参加も可。

【提唱】 碧巖集 第9則 法身不収    

【師家】 人間禅師家 金剛庵要道老師

1日の流れ(日曜は変更あり)

5:00起床      8:30作務     17:00静坐

5:30静坐     10:30静坐     18:00夕食

6:30参禅※1   11:30参禅    19:30提唱(法話)※2

7:00お茶席    12:00昼食    21:00参禅

7:30朝食     14:00作務    22:00就寝

参禅とは、公案(禅問答)を頂いている方が、師家(※3)のもとに独参する時間です。

提唱(法話)とは、禅の話を聞く時間です。師家とは学徳を有する禅の指導者です。

 

【場所】人間禅津久居道場・日本文化研修道場     津市久居新町1058-3  

・近鉄久居駅下車駅前通りを国道156号交差点方向に、県道776号を徒歩7分、右に50m入る。

・車では東名阪道久居インター下車、国道156号を国道23号方面に約10分走行、

近鉄袴橋直前の交差点(右JA三重中央)で近鉄久居駅方向に右折、県道776号を約1分、徒歩で左へ50m入る。

【用意するもの】 洗面具、着替え(坐りやすいズボン)

【会費】 参加費:1000円、食費:1食あたり300円、懇親会(8/3‹›18時~)参加費:1000

【申し込み、問い合わせ先】      http// nagoya.ningenzen.jp/東海坐禅

田中 孝幸 080-2618-1421 ttnk10@yahoo.co.jp

小川 友之 080-6920-6043 to-ogawa@private.email.ne.jp

熊谷 正幹 080-1015-6004 hwnus352@ybb.ne.jp

熊谷 道代 090-5635-7712 chibita2013.4@i.softbank.jp





 

 
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「チェンジ ユー!」(葆光庵老師講演)ご報告ー

 

7/11(木)~7/15()の会期で愛知県豊橋市下条東町「金西寺」において、担当師家人間禅名誉総裁葆光庵丸川春潭老師、副担当師家龍光庵蓑輪清凛老師、禅会長中居心法居士、副禅会長道照庵高田玄徳老居士、名古屋支部長原白蓮禅子、知多禅会長川口玉風禅子参加の下、令和元年第1回豊橋禅会摂心会(本格坐禅体験会)が開催されました。
また、会期中の7月14日(土)には名誉総裁老師の講演会「チェンジ ユー」が開催されました。

講演後には、参加者の坐禅体験・数息観実習、希望者には老師との面談、参禅体験も実施されました。
講演は、相対樹と絶対樹の図を参照しつつ、相対樹が、知性、思考を司る頭頂葉の働きSCIENCE(科学)の分野,絶対樹が、感性、専ら三昧を司る前頭葉の働きSPRIT(宗教、技芸道)になるとの、三昧を基軸にした世界楽土の説明〜からスタート。


現代人を、自己変革をしたい人、したくない人(刹那主義・享楽耽溺傾向の人)で分けた時に、動機は何なのか?~成長したい、向上したいといった向上心からなのか、他(者)と比較しての無いものねだりや現実逃避からなのか、自己満足、刹那的、享楽耽溺でこのままでいいといった保守的な心からなのか〜

更にその変革したい人の変革とは、努力や反省をすることで、自分で変えられる部分なのか~「人間禅創始者耕雲庵英山老師が70代でいらっしゃった時期、夜中、その日の反省に、毎夜2度ほど目が覚めたという」エピソードを引いて、反省はいくつになっても人が成長する為の必要条件であると~、

そもそも生や死のように変えられない部分なのか、

更に変えられない部分の中でも今ここにある見えるものなのか、

先送りしている将来の自分や家族に対する不安などの見えない部分なのかを掘り下げ、他者から離れて自分に視点を絞り込む(自分を看る)本質的な課題というものは相対樹の世界では解決がつかない事に気づき、二念を継がずから、一念不生に、相対樹での事象を絶対樹の世界へとチェンジしていく、三昧による、一念不生の渡しを渡って、絶対樹の世界へ、更に、変わりたい自分から、変わらない自分を探す方向性に方向転換をしていくことが真にチェンジするということだよとのお話・・・。

そして、チェンジしたら、継続が大切だとも。

変わらない自分探しを個々人に薦めていく、ChangeYou!運動が社会現象になれば、社会も変わる、「他は我が面!!」、自他の畔(あぜ)を切る、自利が利他に繋がる、把手供行で社会はチェンジしてくるとの大乗仏教観で締め括り。

最近、外国人観光客誘致の成果か、グローバリズムのせいか、外国人観光客や、外国人労働者が一気に増加してきている。「Youは何しにニッポンへ!?」というのぞき見趣味満載の街頭インタビューTV番組が流行っていますが、確かに、英語でユーはあなた一人ではなく、あなたたち大勢、複数存在を常に意識した、欧米の人種の坩堝的、解放的、大陸的思考を考えると、チェンジ ユー!はなんとも意味深なのも頷けました。

中国、宗の時代の禅僧・布袋和尚は市町で行き交う人々に、「一文クダッセイ!!」と問いかけ、差し出された手に何がしかのモノを載せてやると、袋から取り出した一食器を面前に指しつけて「これ何ぞ!?」と問いかけて、「何だ、乞食坊主か?」と、無視して去ろうすると、振り向いて、後ろから「ワッハッハーッ」と浴びせかけていた、という逸話を思い出しました。

とにかく、世界楽土の建設が目的とあれば、まず胸襟を開いて、各自が変わらなければと思うものです。この長梅雨、大雨もあの地球温暖化のせいでは?世界的、規模の社会、経済、政治などの混乱、地球規模の混乱もすでに行くところまで行っているのではないでしょうか?チェンジ ユー☆彡の警鐘はすでに地球船宇宙号から発せられているのではないでしょうか?

チェンジ ユー☆彡運動は時期を得た呼びかけに感じられます。

豊橋禅会が終わり、同日夕方には、知多禅会での坐禅、参禅会が始まります(会場、知多大宝寺)。初心者大歓‼ 29日~84日は津久居の三重禅会、本格坐禅体験会へぜひご参加下さいませ。(芳光記)。
 

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人間禅東海の皆様

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執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2019/7/15 8:12

人間禅東海の皆様
梅雨後半となりました。各地の大雨が心配される季節です。そんな梅雨の晴れ間の712日(金)、高知市の近森病院付属看護学校の学生と坐禅体験教室を行いました。看護研修のひとつとして看護学校の教員に依頼されたものです。参加学生は42名(18歳〜41歳)、明るく態度のいい方々でした。坐禅の三昧力は、看護業務の患者の今に一生懸命寄り添う力となること等を伝え、姿勢を正しながら集中して座りました。
看護を学ぶという目標がしっかりしているからか、皆さん背筋の伸びたいい姿勢でがんばってくれました。
四国禅会  江渕甚深

 
 
 

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太玄通信(7月):カブトムシ;(三重禅会 田中太玄)

 

梅雨らしい天候が続いております。我が家の子供たちは梅雨のジメジメとは対照的に毎日ど派手な兄妹喧嘩を繰り広げております。そんななか、

 

 

 

 

 

 

 どこから調達したのか小生が知らないうちに、いつの間にか我が家ではカブトムシの幼虫を子供達が飼っております。成虫になる日を楽しみに、近所の森にから腐葉土を持ち帰りそれを入れ替えたり、霧吹きを使って水分を補給したりの毎日でした。

 1ヵ月くらい経過すると、元気に上に、下にと飼育用容器を動いていた幼虫が動かなくなりました。親は、もしかして?最悪の事態の対処方法を考え始め、子供は動かない幼虫に興味が薄れ、関心が離れていきました。

そんな中です。ある日、学校から帰った息子から“カブトムシがかえった~”と目を輝かせて、成虫をつかんで母親のところに駆け寄ってきたのです。その日からは、学校から家に帰ると飽くことなく成虫を二人して眺めています。時に腕に乗せてみたりしながら、そんな副作用効果で、子供たちを朝起こすことが大変楽になりました。以前は、何をやっても起きず、布団を引きはがすのですが、いつの間にか又芋虫みたいに布団に戻っているという体たらくだったのですが、今ではカブトムシが動いているよ~と声をかえると、すぐに虫かごの前に出てきて、カブトムシを眺めています。子供の他の生き物に対する共感性は全く素晴らしいと思うのです。大人になると、いつしか、新鮮な好奇心、感受性が薄れ、他人からの自分への評判を気にしたり、なんとなくの将来への不安にとらわれたりと、なかなか本当の自分のすがたさえ見失いがちになります。その点、本当の自己を常にみつめ、自分と向き合うためには、1日1炷香の座禅は最適なツールといえます。

11~15日までは豊橋で、1516日は知多で、29~84日はみえ津久居で初心者向けに座禅体験会を企画しております。初心の方大歓迎!!です。

 
 

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