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ブログ - 201904のエントリ

在家の禅「勝鬘経の世界」㉜正法を接受する真に大願となす

その時に勝鬘は仏に白(もう)して言(もう)さく、我れ今当に復た仏の威神を承けて、調伏(じょうぶく)の大願の真実にして異なることなき事を説くべし。
仏は勝鬘に告げたまわく、恣に汝に説くことを聴(ゆる)す。
勝鬘は仏に白(もう)して言(もう)さく、菩薩の有(あ)らゆる恒沙の諸願は、一切皆一の大願の中に入る。所謂摂受正法なり。正法を接受する真に大願となす。

 


 聖徳太子は威神について、「外形の端粛なるを威と曰い、内心の測りがたきを神と曰う」。と注釈していますが、夫人はこの仏の威神を承けて大願を説きたいと申されました。
ここで仏の威神を承けるとは、悟ってもいない者が口先で単に代弁することではありません。仏祖の悟りに体達した上で、仏になりかわってという意味がこめられています。次に調伏の大願というのは常に真理に合致し偉大な徳をもっている大願ということです。
 夫人のこの申し出を聞かれた仏祖は既に夫人が大法に体達していることを十分お認めになっているため、お前の思うように自由に説くが良いとお許しになったのです。

そこで夫人は開口一番「菩薩の有(あ)らゆる恒沙の諸願は、一切皆一の大願の中に入る。所謂摂受正法なり」と、数えきれないほどあるいろいろな願も、結局は摂受正法という願の中に収まってしまう。
したがって「正法を接受する真に大願となす。」と勝鬘夫人は明確に判決されたのです。
 釈尊は夫人のこの言葉を予期されていたわけで「よく云った、正にその通り」という有様で讃嘆されました。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)


 「躑躅」平成31年・4・29、JAみえで

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在家の禅「勝鬘(しょうまん)経の世界」㉛「摂受正法(せつじゅしょうぼう)」こそ真の大願

(2019、2・22ブログ欄よりつづく)

11、願中の願

 勝鬘夫人は「十大受」と「三大願」において種々の願を立て、その実践を誓ってこられたが、それらの諸願はすべて正法を摂受するという大願に帰するということを明確にされました。
 「摂受正法」こそ真の大願である。
 夫人はこの説法を「摂受正法章」として経典に掲げて、正法の功徳をいろいろ説かれ、そのうえで正法とは一乗の法であることを明らかにされ、二乗(声聞・縁覚)の中途半端な悟りを排除していかれるのが「一乗章」で、これまた経典における重要な箇所となっているのです。したがって正法の内容についてはこれから順を追って詳しく述べられるわけです。
 正法と言えば釈尊が大悟された悟りそのもので、しかも釈尊はこの世の真理を求めて多年修行され、唯一絶対の真理を悟得され、「正法とは真理そのもの」であると明らかにされた。
 釈尊はこの真理を悟ったうえで人々にもこれを悟らせようと法を説かれたのがいわゆる「仏法」であります。
 したがいあらゆる「願と行」とはこの唯一絶対の「真理・正法」に帰し、また正法から自(おの)ず、自然(じねん)と出てくるものでなければならないのです。
 勝鬘夫人が「すべての願は正法の摂受に収まる」といい、これこそ「真の大願」であるとされるのはこのためです。
 各自、人生にはいろいろの願(願い)というものがあります。いかなる願、行も真理に基づき、大道に即していなければ、邪(よこしま)な願や自分本位の願(願い)であっては正しく、楽しく、仲の良い人生を送ることは出来ないでしょう。この点で「摂受正法」の願ほど徹底して崇高な願はありません。いわば「願中の願」といえるものです。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)

 
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6月の知多参禅会のお知らせ

知多禅会参禅会(本格坐禅体験会)

日時;【610日(月曜)16;0011火曜)12;00

会場;大宝寺(南知多町 内海大名切36

大宝寺様は南知多インターからほど近い木蓮の有名なお寺です。木蓮の時期は過ぎましたが緑豊かな静かな場所にあります。
平日の一泊、また名古屋摂心会の前ではありますが是非ご参加下さい。

初心の方大歓迎!!


それに先立ちまして、【62日(日曜)10時〜】に準備作務を行います。

(ちなみに大宝寺では、日曜7時から坐禅会があります。)


お問合せ先

090-9905-3478(河口)
MLホームページ: https://www.freeml.com/horado-zen-clu

https://ad.atown.jp/adserver/cp?sid=85f37&did=6d1a&emid=&u1

曹洞宗大宝寺紹介

山号を菅生山(すごうざん)と称する。曹洞宗の寺院、本尊は釈迦如来、開基は好堅尼。知多四国八十八箇所霊場は四十四番札所。南知多三十三観音霊場。二十七番札所。 その歴史は師崎(もろざき)に上座された弘法大師が、知多の地を布教伝導と修行をされながらまわられた際、岩屋の地から小野村、久村を過ぎ、峰づたいに名切村へ向かう途中。湧き出る山清水の美味しさにしばらく休憩した事から、硯石大師霊場として知られる様になった。文化6年(1809年)半田市小栗万蔵次女、好堅尼によって開かれた。昭和16年(1941)、宗教団体法の実施の際、正式に菅生山 大宝寺となる。もくれん寺として知られ、春には多くの参詣者で賑わう。

画像に含まれている可能性があるもの:木、植物、家、屋外、自然
内海の大宝寺と師崎漁港(ウィキぺディアより)

もくれん寺大宝寺

 江戸時代の創建当初より駆け込み寺として多くの女性を救済しており、現在も多くの方の人生相談を行っております。また東海地方では数少ない縁切り寺ともなっています。春には境内のもくれんが満開になり、境内を美しく彩ります。当寺はもくれん寺とも呼ばれ3月から4月には大変多くの参詣者で賑わいます。人里離れた山の中に位置する大宝寺では、自然の音よりほかには耳に入ってきません。街の喧噪を離れ、鳥や木々のさえずりを楽しんでいただけます。(大宝寺HPようこそ、もくれん寺大宝寺へ、より引用)
 
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坐禅をすることによって仲良くなれる効果、坐禅の効用㉙

 多くの友人を持ち多くの後輩から慕われる人と、頭が良く仕事はできるが、敬して遠ざけられて孤独な人とがいます。
 他人の悪口をよく言う人は、他人から悪口をよく言われるものであり、自分が嫌いだなあと思っている人からはどんなに演技しても必ず嫌われるものです。
逆も言えて、他人を尊敬する人は、他人から尊敬されるものです。
 友人の多い人は、大体において他人の良さをよく見て知っている人であり、その人を尊敬しているから、その気持ちが相手からもはねかえってくるのです。
 友人の少ない人は、他人の欠点ばかり見て、それを自分と比較し軽蔑しています。
 その気持ちは隠しても相手に必ず伝わるものです。
 友人の少ない人は、大体において自己中心の我儘な人です。
 友人の多い人は、大体において自分のこともさることながら、他人の利を考える人です。
 三昧の状態にあるときは、他を我が面と見、自他の境界の畔(あぜ)がありません。
 したがって当然、自己中心の我儘は三昧の状態にはありません。三昧になりさえすればどんな人でも自己中心のエゴは消えています。
 坐禅を継続していると、すこしずつ三昧力がついてきます。
三昧力が身についてくると、自己中心の我儘はすこしずつ少なく弱くなるものです。
また、三昧力が身についてくると、苦手な人や嫌いな人がだんだん少なくなってきます。
そして誰にでも気さくに話しかけることができるようになり、また、誰にでも丁寧に対することができるようになります。
そして、誰とでも仲良くなれて、友達が自然に増えてくるのです。(丸川雄浄著「坐禅の効用」より)

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人間禅山口支部創立記念式が挙行されました

61回サンガくらぶ 「抜苦与楽でお悩み解決! 新シーズンの人間関係も軽やかに」 講師:プラユキ・ナラテボー師
日時:2019422日(月) 190021001830開場)
【内容】この4月から新生活という方も多いでしょう。新年度最初のサンガくらぶは、「抜苦与楽」が代名詞でもあるプラユキ・ナラテボー先生に、「職場」「学校」「家庭」「自治体」とさまざまな場所で起こりうる人間関係についてのトラブル対処法をお話しいただきます。
【具体的に相談したい悩みがある方へ】
ご予約の際に、プラユキ先生にお聞きしたい質問を書き添えてください。
「質問内容」
「お名前(匿名やペンネームでOK)」
先生にお伝えしてサンガくらぶでお答えを頂きます。
*ウェブ予約の方は、「備考欄」に記載ください。
*メール予約の方は、メールの本文に記載ください。
*すべての質問にお答えいただけない場合はあしからずご了承ください。
【会場】「神保町101ビル 3階」
101-0051 東京都千代田区神田神保町1-101
 
会場地図
東京メトロ半蔵門線「神保町駅」A7番出口徒歩2分。
【講師プロフィール】
プラユキ・ナラテボー(ぷらゆき・ならてぼー)
1962年、埼玉県生まれ。タイ・スカトー寺副住職。上智大学卒業後、タイのチュラロンコン大学大学院に留学し、農村開発におけるタイ僧侶の役割を研究。1988年、瞑想指導者として有名なルアンポー・カムキアン師のもとで出家。以後、開発僧として、そして瞑想指導者として活動。

https://samgha.co.jp/samgha-club
会員の方は2300円が1800円になります。受付けの際に、人間禅会員、と一言
お伝えいただければ幸いです。尚、当日でもお受けいたします。

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 人間禅山口支部創立記念式が挙行されました

 3月30日(土)、桜の開花ももう間もなくという好時節の昼下がり、山陽新幹線新山口駅、旧小郡駅に到着しました。人間禅山口支部禅道場(〒753-0011山口市宮下3138 法明院別院)の前夜祭、記念式典、祝賀会に参列するためです。
摂心会は法明院別院を会場に、人間禅総裁丸川春たん老師を拝請して、平成30年3月27日(水)午後8時結制~30日(土)円了で厳修されました。前夜祭は30日午後6時より、山口市湯田温泉、セントコア山口(公立学校共済組合宿泊所)で、記念式典は31日午前10時30分より、祝賀会は式典終了後、別会場で開催されました。
 東海地区より、渡辺玉蘭岐阜禅会長、知多禅会より河口玉風禅子、龍光庵蓑輪清凛名古屋禅道場長が参加されました。祝賀会席上では山口民謡「男なら」が披露されるなど、終始和やかに盛会裏に記念行事が挙行されました。



山口県民謡(オーシャリ節)「男なら」

(1) 男なら お槍担いで お中間(ちゅうげん)となって 
    
付いて行きたや下関 
    
国の大事と聞くからは 女ながらも武士の妻 
    まさかの時には締め襷(たすき) 

    神功皇后さんの雄々(おお)しき姿が 鑑(かがみ)じゃないかな 
    オーシャリシャリ

(2)  女なら 京の祇園か長門の萩よ
    目もと千両で鈴をはる
    と云うて国に事あらば島田くずして若衆髷(わかしゅまげ)
    紋付袴に身をやつし
    神功皇后のはちまき姿が 鑑じゃないかな
    オーシャリシャリ

(3) 男なら 三千世界の烏を死なし
    主と朝寝がしてみたい
    酔えば美人の膝枕 醒めりゃ天下を手で握り
    咲かす長州桜花
    高杉晋作は男の男よ 傑(えら)いじゃないかな
    オーシャリシャリ

注)国の大事―尊王攘夷
  
神功皇后さんの雄々しき姿―神功皇后の三韓征伐
  「三千世界の烏を死なし主と朝寝がしてみたい」高杉晋作の都都逸
  「おもしろき こともなき世を おもしろく」辞世の句


「御誂座敷幟ノ内 神功皇后と武内大臣」歌川国貞画ビクトリア&アルバート博物館蔵
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人間禅女性部参禅会ご報告


はじめての試みでありました女性部摂心会、無事盛会のうちに終えることができました(中略) 、会員27名はじめ総勢39名の参加を得て、参加者全員の笑顔はじける、心に花咲く、良い摂心会になったのではないかと思っております。

女性だけでの摂心会を開催できましたのも、総裁老師様、総務長老師様、各支部禅会長様、たく木道場関係者の皆様、そして多くの会員の皆様のおかげと女性部一同感謝の気持ちでいっぱいです。そして蓮昌庵老禅子はじめ慧日庵老禅子、古参の諸先輩方の長年の御苦労のおかげであるということを再認識致しました。(中略)女性ならではのきめ細やかな心遣い、自分のことだけでなく、常に他を尊重し思いやるという姿が際立つ摂心会だったと思います。(中略)こういう土壌こそが、人を育てていくのだということを学ばせていただく機会ともなりました。又、今回は色々なご事情でご参加できなかった禅子の皆様からの数々の応援メッセージ、思いと共に、参加者おひとりおひとりの真剣な取り組みから生まれる本当に楽しい摂心会というものを味わい、分かち合うことができたことは本当に財産です。(下略)

来年以降も第2回、第3回と開催を参加者全員が熱望しております。今後とも応援ご協力のほどをお願い申し上げますととも、この活動が人間禅の発展につながり、そしてたくさんの方にこのご縁がつながりますことを心より願っております。(平成30年度女性部会長・岐阜禅会長渡辺玉蘭記)

 
 

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津久居で夜一番遅い水曜坐禅会を始めました


津市久居で夜一番遅い水曜静坐会(坐禅会)を19時〜20半の設定で新年度が始まる4月、10日より始めました!



 久居の歴史文化

津市久居は江戸初期、藤堂高虎公が伊予宇和島より伊賀上野へ入封されて後、津藤堂家の分家、久居藩として、京都、奈良より伊勢神宮への経由地、野辺野の地に開創された城下町です。
藤堂高虎の孫高通公が寛文九年(1669)に分封の命を受け、寛文十年(1670)に「永久に鎮居する」という願いを籠めて
八幡宮を守護神として久居八幡宮(現 野邊野神社)を鎮座し、寛文十一年(1671)に久居城に入城し、邊野神社の祭神である八幡宮の加護があるように野辺野の地を久居と命名し、現在に至ります。

伊賀上野出身の芭蕉が江戸、陸奥へ旅立つ際にはいつもこの久居藩に立ち寄ったとも伝えられ、「詠(なが)むるや江戸には稀な山の月」(近鉄久居駅前、みどりの風公園の句碑より)と詠んだ地とも伝えられています。
また、任口(藤堂高通の俳号・芭蕉と任口は同年、京都の談林俳諧の祖で歌人の北村季吟に師事した、芭蕉の伊賀での主君蝉吟ともども幼年の頃からの同門であった?)

 任口はまた、芭蕉最初の東下の頃であろうか、侍者として同行した久居藩士に「はなむけぞ江戸紫の菊の枝」との句を贈っています。
 久居はそれ以前は南朝方の北畠家の所轄領であった歴史もあり、現代は全国各地方が東京一極集中、格差社会のあおりで寂びれる一方の中にあって、久居も例にもれないようですが、他方、江戸期の古い文化の温床になっている面もあり、寺町、武家屋敷、古い商家、旅籠、商店街も今に健在であることは若い皆さまもご存知のことでしょう。
また、久居は古い日本の文化だけでなく、野辺野神社会館、併設保育園の繁栄など、現代日本には稀な信仰の息づく敬虔な雰囲気に満ちた、現代の小京都ともいえる街だと自認しています。仏教やキリスト教などの教えに携わっておられる方も少なくはないようで、昨日も学校から帰宅した子供達とおやつタイムしていると、我れ日本の大船とならんと獅子吼なされた鎌倉期の日蓮上人関連のチラシを「ポストに投函させて下さ〜い」と若い女性ふたり連れが玄関モニターに、、、、、、、、、、。

人間禅津久居道場(久居日本文化研修道場)


さて、禅宗、滴々相承正脈の法を挙揚する臨済宗円覚寺派の法系を受け継ぐ人間禅は明治維新の山岡鉄舟居士に源を置く在家の禅です。人間禅津久居道場は近鉄久居駅より徒歩約6分の津市久居新町に建つ築100年の古民家を道場としています。隣地は大正時代に起源の日本キリスト教団久居新生教会さんです、名古屋コーチン料理が名物の昭和食堂さん、オリーブカフェ、ケーキ屋さん、みえJAさんもお隣りに並ぶ閑静な地域です。会社、お勤め帰りに是非静坐1服、マインドフルネス=数息三昧境に浸って1日のストレスを発散、前頭葉を活性して、明日の心の糧をまんぷく満喫しようではありませんか?予約は不要です、是非フラりと立ち寄って下さいませ!!
(熊谷)
初心の方大歓迎です!!

お問い合わせ先
小川   Tel 080-6920-6043 / Mail to-ogawa@private.email.ne.jp
田中   Tel 080-2618-1421 / Mail ttnk10@yahoo.co.jp
熊谷   Tel 080-1015-6004 / Mail hwnus352@ybb.ne.jp
  Tel 090-5635-7712 / Mail chibita2013.4@i.softbank.jp
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3回知多禅会参禅会(本格坐禅体験会)が人間禅総裁葆光庵丸川春潭老師を拝請して、平成も愈々最後となる月、平成31414日(日曜)、風光明媚な南知多山海、尾張高野山岩屋寺にて開催されました。当日は桜も満開のやや肌寒い花曇りで、日程・時間は下記の通り東海地区より参集された80歳代から小学1年生のお子様までが集う老若男女の皆さまによって厳修されました。
16:00~ 静座
17:00~ 参禅
17:30~ 休憩
18:00~ 静座
19:00~ 参禅
19:30~ 入会式

入会式後には賑やかに懇親会も催されました。


 
 
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 太玄通信(4月):つり


四日市禅会の田中太玄です。日本列島開花時期がどうのこうのと空騒ぎのお花見の時季があっという間にすぎ、いよいよ1億総令和超ウルトラゴールデンウィーク突入!なんて雰囲気ですね。今回は“つり”と題して。一席お伺い!?。
我が家の居間に、息子が学校で書いてきた習字が飾ってあります。親馬鹿で恐縮ですがとても活きいきとした字で、小生とても好きです。数年前、家族で伊勢志摩の入り口、鳥羽へ旅行に行き、そこで息子にとっては初めてのつりを体験しました。釣り竿をレンタルし、餌としてゴカイを買って釣り始めました。悪戦苦闘しながらも、4匹釣りあげることができました。ほんの1~2時間で切り上げるつもりが、10時位にはじめて、餌がなくなった午後2時位まで親子が夢中で釣ってしまいました。はじめての釣果を手にしての記念撮影の写真からは、興奮さめやらぬ様子が伝わってきます。そんな思いが習字にも現れているような気がして見るたびに親子のあの熱気が蘇ります。
子育てをしていての実感ですが、小さな子供の心は、楽しい思い出を栄養にして成長してゆくものだとおもいます。ですから友達の少ない幼少期は、親との遊びがとても子供の心の成長には大切ではないかと思います。

 

(写真は鳥羽市HPより)

一方の大人は、テーマパークや遊園地のアトラクションでもない、泥団子づくりのような単純な子供の遊びに長く付き合えず、子供にとっては楽しい時間のはずが逆にストレスをため込む時間となってしまうのではないでしょうか。
こういったときどうすればよいのでしょうか?このごろ思うのですが、“親が子供の遊びに徹底付き合うことではないだろうか?子供との遊び以外の考えが全く出てこない状態を続けるということです。しかし、実際のところ、こんなことに何時までも付き合うなんて考えられないと、世のお父さんがたは思うことでしょう。現実の生活のこと、仕事のこと、色々なことが頭をよぎるので、なかなかそんな状態を続けることはむつかしいものです。
さいわいにも小生は物事に心底から打ち込み、対象に我を忘れて没入して、現実の各場面でその心を鍛える禅の修行のおかげか、そういったことが少しずつできるようになりつつあると思うのです。なにはともあれ一度、古来より滴々相承(てきてきそうしょう)、正脈の法を受け継ぐ人間禅津・久居道場の本格坐禅体験会にいらしていただければ何かきっとセレンディビィティー(ひらめき)を得ることがあると思うのです。合掌
 
 
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