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ブログ - 20181102のエントリ

 大願成就、在家の禅、勝鬘経の世界㉖

法主世尊、現に我が為に証したまえ。仏世尊は現前に証知したまうと雖も、而も諸(もろもろ)の衆生は善根微薄にして、或は疑網を起さん。十の大受は極めて度(わた)り難きを以ての故なり。彼或は長夜に義をもって饒益(にょうえき)するに非ず。安楽なるを得ざらん。彼を安ぜんが為の故に、今仏前に於て誠実の誓を説けり。我れこの十大受を受けて説の如く行ずるならば、此の誓を以ての故に、大衆の中に於て当に天花を雨(ふら)し天の妙音を出すべしと。

 
 法主である世尊は、普く一切を照見する智慧をお持ちですから、私が今述べました誓いの言葉がまことか、偽りかこの場で直ちに証明できるお方であります。
 けれどもここに集まっている多くの人達は道限、道力ともに微弱であるために、私の十大受に対し、疑いをもつことでしょう。
 それというのも、この十大受は誠に崇高で高い理想を目指しているため、実践するのは非常に難しいからです。
 ここに集まっている大衆は長年にわたって大法を修行し悟りを開いた人達ではありません。
 そのために種々の疑いや迷いにあい自ら苦しんでいます。
 私はこういう人達を救うためにこそ、いま十大受を誠心誠意で説き誓ったのです。
 私が説いた如くに、これを身に受け実践できると思召すならば、いまここで天花を降らし、天の妙なる声を出だして、私の言葉が偽りでないことを証明し、大衆の疑いを解いてください。
 夫人はこういわれました。
 すると夫人の言葉が終わるやいなや、大衆の上に天花がふりそそぎ、天の妙音が聞こえました。

そして法主世尊は、いま勝鬘夫人が説かれたことは偽りではなく、真実の言葉で、言うがごとくに実践できるに違いないと証明し、大衆の疑いを晴らされました。
ここで経典によると、天花とか天の妙音とかの言葉が、使われています。
 取りようによっては奇蹟とか迷信とかのにおいがしますが、決してそういうものではありません。


天花妙音(ウィキぺディアより)


 聖徳太子は「三経義疏」において「声あれば必ず言あるが故に、声を以て言は虚に非ずと証す」といい、また「花あれば必ず実あるが故に、花を以て行は必ず果ありと証するなり」とされています。

つまり天の妙音を発すというのは言葉の真実なることを証明し、天花は言うが如くに実行し、実を結ぶことを予言されているのです。

お経は劇的につくられていて、しばしば天花とか天声とかによって真実なることを表現しています。

いわば証明の技法であって、虚空から花が降ったり、妙なる声が聞こえてくるわけではありません。

法主世尊がこのように証明されたので、一度疑った大衆も疑念を晴らし、いまはすがすがしい気持ちになって喜び、私たちも勝鬘夫人とともに、この十大受を身に受け、ともに実践したいものでありますといいました。

すると世尊は、一切の衆生がみなこの大願を成就できるに違いないと、紀別(予言)を与えられたのです。  以上で十大受章が終わります。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より

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