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ブログ - 20181015のエントリ

山田耕岳です

この度、(今年8月)三重四日市禅会摂心会で道号「耕岳」を拝受しました、山田耕岳です。

「山田」と言えば、三重県では伊勢神宮が鎮座する現在の伊勢市をかつて宇治山田市と称していたそうです。

神宮に参詣することを「山田へ行く」と祖父の時代は言っていたとも。

山田姓では古くは駿河で生まれ(一説では伊勢国)1612年朱印船で長崎から台湾を経由してシャムにわたり日本人傭兵として活躍し、後に日本人町の頭領となった山田長政、近代では童謡「赤とんぼ」「ペチカ」の作曲で有名な山田耕作先生。俳優では山田優、山田まりあ、山田吾一、山田五十鈴、漫画家山田紳氏など山田姓は有名無名日本中にごろゴロしてますがいずれも当家との関係はなさそうです。

ちなみに背景写真の熊谷家所蔵の「山田の案山子」の墨絵を描かれたのは耕雲庵立田英山老大師だそうです。。上部に揮ごう墨蹟されているのは禅の最終境涯とのことです。いささか理系の私には少々難解なのでカットしました。

ところで、自己紹介ですが、昨年4月より三重県津市久居で実施されております日曜静坐会に参加させて頂いております。三重四日市禅会での参禅会において金剛庵老師様より「公案」を頂戴し、ついに「見性」に至ることが出来、この度の道号授与におきまして、総裁老師様からのご恩情を頂戴し、心から御礼申し上げます。

実は名古屋での大学生活の頃には、名古屋市で開催されている龍光庵蓑輪清凛人間禅名古屋支部長の「名古屋で夜一番遅い静坐会」へ時折り参加させて頂いており、その後、少し間隔が空いてしまいましたが、名古屋支部並びに三重四日市禅会の皆様方のご厚意もあり、現在の勤務地津市の管轄、みえ四日市禅会でお世話になり、現在に至っております。

ご挨拶が遅くなりましたが、私、生家は平安時代に清少納言が都からはるばる通ってきた榊原の湯(清少納言ゆかりの榊原温泉)の入り口、野辺野/一本松
ー江戸期には藤堂家分家久居藩の老舗の竹屋ー当時はタケヤガヤケタ、タツタガタッタと上から読んでも下から読んでも、右から読んでも左から読んでも同じ!!の戯れ唄で知られた?ー現在、津市久居(旧久居市)で父が営む竹材店の若輩者でス、至らぬ点ばかりではありますが、一日一炷香を基本とし、坐禅と数息観三昧、参禅三昧の道へ邁進して参りたい所存でございますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

合掌

 山田耕岳 拝


 

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