メインメニュー
ブログ カレンダー
« « 2018 9月 » »
26 27 28 29 30 31 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 1 2 3 4 5 6
カテゴリ一覧

ブログ - 201809のエントリ


坐禅の効用⑭


(六)精神的安定効果(セロトニン効果)脳科学の見地から

 前頭葉が活性になると、脳からα波が生じます。
 このα波の生成についてはかなり早い時期から(約五十年前から)日本でもあきらかになっていました。
 しかしα波が出る状態になると、脳内物質のセロトニン物質が生成されるという実証は東邦大学名誉教授の有田秀穂先生を中心にした最近の医学の進歩の中であきらかになってきたことです。
 セロトニンとは「ノルアドレナリン」や「ドーパミン」と並んで、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質のひとつです。
 セロトニンは人間の精神面に大きな影響を与える神経伝達物質であり、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用があり、セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、すぐ感情的になったり、暴力的(キレる)になったり、うつ病を発症するといわれています。
 有田先生は、心の怪我を薬という他力を使わず、自力でセロトニンという脳内物質を分泌させ克服しようと、セロトニンDojoを御徒町に開設され、呼吸法などのリズム運動の実践を主体にして、セロトニンの分泌を促進させて治療に当たっておられます。
 有田先生の研究では、学生に呼吸法をさせて、セロトニン生成を実証実験され、呼吸法を始めて五分ほどするとセロトニンが増えだし、二十五分ほどの呼吸法
の終了もセロトニン物質はキープされていることを実証されています。
 そして先生は数息観法とか呼吸法で三昧に入り前頭葉が活性になるとセロトニンが生成され、精神のバランスが保たれると述べられています。
 このセロトニン物質の生成により、三大神経伝達物質がバランスを保ち、精神的に安定するといわれています。

(丸川雄浄著「坐禅の効用」より)


 
 
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (31)

お釈迦様の悟りの脳科学

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/9/26 11:39
お釈迦様の悟りの脳科学

前回で述べた脳内で起こる特殊な状態は、お釈迦様をはじめ禅の高僧だけが到達したのではなく、平安期の伝教大師(最澄)弘法大師(空海)、鎌倉期
の法然上人、親鸞上人などのわが国の宗教家、また荒野をさまよい悪魔と戦いながら修業をして愛を説いたキリスト、あるいは諸国を遍歴して仁を説き続けた孔子様も同様な脳の状態を体験されたものと思われます。

脳科学の観点からすれば、生物の一員であるヒトの脳に一定の条件を負荷した時の反応に大きな差異がある筈はなく、瞑想によってえられた宗教家の脳内変化はほぼ等しかったと考えられます。

その意味でも禅の悟りと真宗信徒の究極的な境地とは一致するといわれることが頷けるのです。

登る道は異なっても頂上は同じ所であり、その違いを争うのは信仰 の途中にある人たちだけなのであろう。 
ただユダヤ教キリスト教あるいはイスラム教などの一神教では、信仰の対象は外部にあり、エホバキリスト、アッラーなどに対して帰依し祈りをささげる
が、禅の場合はそのような超自然的な神への信仰はなく、想念の対象は自分自身、すなわち脳に向けられていることに気づく。

白隠禅師が「衆生本来仏なり」といわれたように、各人が瞑想を通して自己の脳をコントロールし、悟りにいたるのである。

その意味では禅が果たして宗教といえるか疑問であるが、多くの宗教の中で唯一、悟りへの道を公開し、その実践を通してお釈迦さまが得られた心の平安を私たちにも得させようとする教えといえるだろう。 

ヒトの脳を構成する脳細胞の数は、最近では一千億ともいわれ、神経線維によるその間のつなぎ方の組み合わせは、宇宙規模の膨大な数になるとされています。

まさにヒトは一人一人の脳内に宇宙を持って生まれているといえるのです。

そのため他の動物にはない悩みを持つことにもなったが、これはひとえに心というもののためと思われます。

私たちは物事を区別し判断をする相対界の元締めともいえるこの心のお陰で高度の文社会を築いてきたのです。

しかし一方では対象を客観的に見ることができず、過ぎ去った過去、まだ起こってもいない未来について悩んだり苦しんだりする。

達磨に弟子の慧可が、心の不安を訴えたとき、達磨に治してやるから心を持ってこいといわれハタと困った慧可は、さほどに掴みがたく刻々と移りかわる心に捕らわれることの愚かさを知ったのだろう。

ぶ厚い生理学書の中枢神経の章には意識に関する記載はあるが、心についての記載はどこにも見られない。

これは自然科学の立場からすれば当然のことかもしれない。

脳科学的には心のありかを特定できていないが、心は脳内の一カ所にはなく、少なくとも意志人格に関わる前頭葉、内言語を生む側頭葉、感覚を統合する頭頂葉、そして感情の場である扁桃体と記憶の座である海馬などが共同して働いた時、心が成立するのであろう。 
   今後さらに瞑想の科学的な解が進めば、ヒトだけが持つ心の正体がよりあきらかになってゆくものと思われ、お釈迦様の悟りの脳科学もより確かになるものと思われます。

(「お釈迦様の脳」本庄巌著②より) 

白隠慧鶴画「慧可断臂図」(江戸時代)上部に賛・自分の手を断って心眼を開くなどなんと無駄な行為だ(大分・見星寺蔵)

 
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (47)

延宝四年(1676)、6月20日桃青(芭蕉)は伊賀上野に二度目の帰郷(最初は2年前)をし、7月2日まで滞在して、桃印を同伴して江戸にもどった、と芭蕉総合年表に記載されている。

この二度目の帰郷の第一の目的は家族的係累の処置ではなかったのか?との説を著書「芭蕉」で穎原退蔵氏は挙げておられる。

一度青雲の志に望みを絶って、俳諧師として立つ決心をした宗房時代の桃青(芭蕉)であったが、それは直ちに世間的な生活をすべて捨て去ってしまうようなことは周囲の事情がゆるさなかった。

寛文二年春、29歳で初めて江戸に下った際、故郷伊賀上野の兄のもとに残しておいてきた係累―壽貞とその子供は彼のもとへ迎えられることをのぞんでいたであろうと推察される。

そのため、世間的に職業や地位を得て、その責任を果たさなければならなくなっていた。

当時の俳諧人並みに万句興行なども催し、宗匠として立机もしなければならなかった。

江戸で盛んにおこなわれていた水道工事などの俗務にも携わり、幕府の小吏に伍して雑務に従事するのは、もとより芭蕉の本意ではなかったのでは?

文芸人として、此の一筋の繋がるべき道について省みて、また、先達たる古人、西行、宗祇達へのあこがれに燃え上がる自身を想うとき、世間的生活のすべてが次第に堪えがたいものとなっていた。

水道工事の完成を期に、すべての俗務も断ち、ついに愛すべき係累とも別れ、37歳(延宝八年)の冬、独りさみしく深川の草庵に入った。

延宝9年6月、猛烈台風が襲来する、本所、深川など江戸は被災し死者七百名、両国橋が半壊する、そんなこともあってか、9月には元号が天和に改元される。

延宝末年のこの時期に至り、芭蕉の排風が一変する兆しが見られるようになる。と穎原氏は指摘する。


群馬県前橋市三河 正幸寺境内の句碑(牛久市森田武さん提供)
『諸国翁墳記』に「里塚 上野前橋正幸寺ニアリ 喝祖坊素輪建立 麥めしにやつるゝ戀や里の猫」とある。(高野義則さん提供)

信州の上田市丸子の龍洞山宝蔵寺にも、流浪の景清が一時住んでいたという伝説がある。
崖に建つ宝蔵寺から浅間山を望む(2010)


しかし、俳諧自体はなお談林派の余臭の中にあり、低迷していた。のみならず、後に俳諧の文芸精神が和歌や連歌の伝統のもとに確立された暁でも、俳諧が発生した当時からもっていた喜劇性は俳諧の特質として所持していた。
蕉風俳諧の特質である、庶民的な生活様式に根ざす卑近通俗さの中に、「あはれや幽玄」に通ずる新しい文芸美を見出したことは、貞門・談林派の俳諧がもっていた「をかしみ」の内面的拡充、もしくは深化であった。
俳諧が和歌・連歌と対立する本質的なものである「通俗性」は、たぶんに「をかしみ」であろうとされている。
当時の一般の文芸意識としても、俳諧は喜劇性をもつものとされていたが、芭蕉自身もこの特性は否定するものではなかった。
景清も花見の座には七兵衛
※1)
 麦飯にやつるゝ恋か猫の妻
※2)
 ※1)めっぽう強い平家の武将平景清はその名も悪七兵衛。しかし、花見の時には悪の字が取れて七兵衛になるのだろう。
さあ、みなさん無礼講で花見と行こうじゃないか。
※2)鄙びた田舎の雌猫が主人公。普段麦飯しか食べさせてもらえないのでやつれているのだが、恋の季節ともなると食欲を失ってなお一層やつれてしまう。
やつれていても恋をする猫のけなげさを冷やかしている。
 
(みえ四日市禅会俳句部)
 

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (24)
行一致、在家の禅「勝鬘経の世界」
9.「言行一致」
 前回まで勝鬘夫人の十大受を述べてきましたが、この十大受は誰にもわかるのですが、しかし、どの一つをとってもこれは容易に実践しがたい高い理想のものばかりだということです。
 世俗の眼からみてもそうした感じを受けるひとも多いと思います。
 仏教のうえからいいましても、大乗仏教の真髄がこの十大受の中に盛られているのですが、それは崇高な教えによって貫かれているということです。

口でこれを唱えることができても、果たして言うが如くに実践できるかどうか?疑問に感じる方が少なくないと思います。

現実社会では「理想としては結構だが、実行不可能なことだ」とか「それは理想にすぎない。現実はそんなにあまいものではない」などとよくいいます。

そうした人たちから見れば、勝鬘夫人の十大受もまた理想であって、果たしてそんなことができるであろうか?と疑問を抱くでしょう。

現に夫人がこの誓いを立てられたとき、そこに集まっていた大衆も同様の疑いを抱いたのです。

どんなに立派な理想を掲げても、それが実行不可能なものであっては何の役にも立ちません。

余談ですが、西洋の思想のうちには理想と現実と二元的にとらえ、理想が高ければ高いほど、現実と離れ、その乖離に苦しむという思想があります。

古くはギリシャ悲劇がそうで、例えばソポクレスによれば、神の教えを理想として忠実に守れば人間社会の現実の掟に背かなければならなくなる。

彼の代表作であるアンティゴーネはこの矛盾から生まれた悲劇であって、救い難い人間の不運を痛切に訴えています。



ソポクレス、紀元前496~406年頃のアテナイの悲劇詩人、代表作「オイディプス王」

 

アイスキュロス、エウリピデスにしてもそうで、ギリシャの三大悲劇詩人は神の正しさを弁じようと努めながら、現実の生活がそのために破綻していく姿を描いています。

また後に起きた浪漫派の思想にもそういうところがあります。

ヘルデスやノバーリスのような代表的な浪漫派の詩人は、高い理想を追求するが故に現実に適応できなくなっていくよい例でもあります。

西洋の思想にはこういう特徴がありますが、東洋思想は古代インド、中国でも、また、古代インドや中国の思想をとりいれ、発展させた日本においても、理想と現実は対立するものではないという一元的思想を貫いています。

特に大乗仏教は「生仏一如、娑婆即寂光浄土」地獄と天国と別ならずというように、二つのものを相対的に対立することなく、不二一如として捉えています。

この仏教の精神からいえば理想と現実は対立しないのです。

しかしそれは理の上のことで、大乗仏教の法理から説けばそうに違いはないのですが、ただこれを口まねして生仏一如とか娑婆即寂光浄土とだけ言っていても意味がないばかりでなく大変な間違いをしでかさないとも限りません。

理の上においても絶対の真理を悟るまでには大いに骨を折って工夫しなければなりません。

この絶対の真理を如是法とか大法とかいろいろの言葉で表現していますが、理想と現実、理(り)と事(じ)という面からいうと「不二の法」ということになります。

いわゆる理と事と不二一如です。

華厳経では四法界を説いて、仏教の世界観が展開されています。

簡単にいえば;1.理法界、2.事法界、3.理事無礙法界、4.事々無礙法界の四つです。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)


 萼(ガク、うてな)型の外側の凹面白地部分に描かれた古代ギリシアの俳優の肖像。
右上の文句は「アイスキュロスの息子エウイアオンは麗しい」と読める。
羽のついた兜とブーツを身に着けていることから、ソポクレースの悲劇『アンドロメダー』においてペルセースを演じている可能性がある。
紀元前430年ごろのもの。
シチリア島のアグリジェント県立考古美術館(イタリア語版)蔵
(電子百科事典より)

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (37)
みえ四日市禅会の芳光です。
98〜9日まで、四日市少年自然の家で開催された、みえ四日市参禅会(参禅体験会)のご報告です。

第一日目、8日は10時半からリーダー室で静坐後、少年自然の家の食堂で老師、龍光庵老居士、小川韶春さん、熊谷一家が揃って昼食、今回はたまたま名古屋市守山区の空手少年団と同宿となりました。

15時からの静坐、参禅まで各自、荷物の整理、休憩をとり、17時には入浴、18時には、田中太玄禅会長、櫻井、姫野一家が加わり夕食、19時提唱には山田耕岳さんが駆けつけ、講座後の参禅へ、22時消灯。

第二日目、5時起床、日常の喧騒から離れ、社会人の禅(在家の身のままの雲水修行―数息三昧、作務三昧、参禅三昧の生活体験ができる)、会を重ねるごとに三昧が深まる。体験が深まる‼というのが、坐禅会の良さ。

今回は、そこに、三家族6人の子ども(奇しくも全員小学生)坐禅会を含めた日課となり、子供達は集団お泊り会だ!と大喜び、ややテンション高めの賑やかな3家族の子供達でした。(子供達は20分の坐禅参加後は四日市少年自然の家のモットー「体験の風を起こそう」関連のイベントや野外映画鑑賞会に参加、あっという間に就寝時刻となりました。)

5人の保護者を含めた居士、禅子の大人たちもそこはさすがに自覚して、子供達をよそに貴重な時間を坐禅、参禅、提唱聴聞に三昧、三昧の連続、
メリハリのある1日になりました。

1泊2日、子供達にとっては、色んな人達と触れあい、自然豊かな御在所山系の山中で、お友達や両親と過ごせた時間はかけがえのない思い出になったのではないかと思います。親バカではありますが…。
二日目は、大人は五時起床、秋の朝の涼しい風を背に坐禅、その後、起き出した子供達も加わり、点てだしのお茶で大茶会!?、みんな揃って朝食後、更に大人は坐禅、参禅、子供達は池や森を散策、身辺整理をして、正午前に解散となり、あっという間の宿泊参禅会(坐禅会)でした。
さて次回の東海地区の本格坐禅体験会は、今月末、92630日まで、豊橋市下条東町金西寺で開催されます。お気軽にご参加下さい!初心の方大歓迎!!
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (43)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (47)

豊橋禅会本格坐禅体験(摂心会)のご案内

   
  

日時:平成309月26日(水)~9月30日(日)
  

 この度人間禅豊橋禅会では、第回坐禅会(摂心会)を開催します。
臨済宗の正脈の師家を拝請して古来からの公案によって.転迷開悟を
図ることが出来る禅会です、一般社会では単なる坐禅会と認識され
ていますが、正脈の師家に独参する会は東海地区一円ではわれわれ人間禅だけであります。
 老若男女、学生さんから主婦お年寄りまで、坐禅は初めてという方に
も親切に初歩からご指導致します。
                              
はじめての方の参禅とは;;

我々人間禅の総裁老師葆光庵丸川春潭老師が一人一人面談のうえ、
参禅願いを提出して、独参を許されると、公案を頂き、その見解を呈して、
見解の深浅邪正を判別して指導頂きます。

師家 人間禅総裁 葆光庵丸川春潭老師

講師 河口玉風禅子

お気軽にご参加下さい。お待ち申し上げます。

http://nagoya.ningenzen.jp/uploads/ckeditor/images/20180706145757.jpg  http://nagoya.ningenzen.jp/uploads/ckeditor/images/20180706145913.jpg


会場 豊橋市下条東町古城82 金西(こんさい)禅寺(ファミリー
マート下条東町店より徒歩5分)
 〒440-0002、 090-2009-7591
会場確認連絡先 090-8420-2255(高田)
090-2009-7591(遠藤)
参加費一般2,000円(講演会のみ500円) 食費1350
 宿泊費1泊500円 懇親会費2000

お問合せは以下にお願いします。

 takada_gentoku@yahoo.co.jp (高田)
 azshi0728@hotmail.com (遠藤) 

 090-5452-3534 hyougemono1582@docomo.ne.jp

(中居)
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (57)
人間禅東海の皆様
いつもお世話になっております。
今年は自然災害が多発しました。被害に遭われた方々には、
心よりお見舞いを申し上げます。また、一日も早く、元の
生活に回復できますよう祈っております。
さて、東京支部では下記の日程で摂心会を開催します。
宜しければ参加くださいますよう、ご案内申し上げます。
9/16()には、慧日庵老禅子による講演会を予定しています。
お知り合いの方に声掛けをしていただけると嬉しく思います。
149回東京支部摂心会
摂心会期間  915()から22()まで                          結制茶礼   915()     19:00
円了茶礼    922()     10:00過ぎ
担当師家    葆光庵 丸川春潭老師
副担当師家   仰月庵 杉山呼龍老師
参加費     首都圏会員         \3,000
        首都圏外会員      \1,000
 
講演会      916()     14:00
講師       慧日庵笠倉玉溪老禅子
テーマ     IT時代と般若心経」 〜怒り、怖れを乗り
  一般 \2,000、学生・主婦 \1,000
(龍泉 拝)

 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (44)

重陽の夕日ゆっくり山の端へ

重陽や小杯にて返杯す(NHK俳句より)

重陽の節句のイメージ画像

「重陽」とは99日にあたり、菊に長寿を祈る日です。陽(奇数)が重なる日そして、奇数の中でも一番大きな数字という意味で重陽といわれています。日本では奈良時代から宮中や寺院で菊を観賞する宴が行われています

意味・目的邪気を祓い長生き効果のある菊

古代中国では菊は「翁草〔おきなくさ〕」「千代見草〔ちよみくさ〕」「齢草〔よわいくさ〕」と言われ、邪気を祓い長生きする効能があると信じられていました。
その中国の影響を受けて日本では、8日の夜に菊に綿をかぶせ、9日に露で湿ったその綿で体を拭いて長寿を祈っていました。また、菊に関する歌合わせや菊を鑑賞する宴が催されていたそうです。現在は寺社などで行事を行う程度で一般にこれといった行事はあまり行われていないよう

第12回10月17日〜21 中小田井、願王寺

第13回11月14日~18日 同上

但し、1月5・6日はオール東海互礼会・参禅会(名古屋・中小田井、願王寺)

14回4月3日~7日 同上



名古屋禅道場長(人間禅名古屋支部長)龍光庵蓑輪清稟(みのわせいりん)
Seirin minowa
seirin1105@gmail.com

携帯 090-1560-6881 
 

「岐阜禅会」「豊橋禅会」「みえ四日市禅会」は別掲示となります。第10、12、13、14回は水曜日から日曜日の予定になっていますが、木曜日〜月曜日に変更になる場合もあります、ご注意ください。(その都度、「人間禅東海」「名古屋禅道場」各HPでご確認下さい。)
 
 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (53)

大学を定年退官したあと、かねて通って坐禅を続けていた人間禅道場に入門した。

そこではこれまでの脳の働きが役に立たないことは覚悟していた。

頂いた公案を昼も夜もいだき続けて、ある日そうかと悟るところがあった。

その際に、普段私たちが行なっている論理的な脳活動の奥に直観的な別な脳の働きがあることを知らされた。

それをきっかけに悟りに入った時の脳、なかでも苦行のすえ、スジャータの捧げる乳酪を食され菩提樹の下の深い瞑想で最終的な悟りをえられたお釈迦様の脳はどうなっていたのだろうという疑問を持つことになった。

これまでに禅僧の脳波を調べた研究があるが、具体的な脳活動を知るには私も大学で研究に携わっていた脳機能画像法が不可欠と思っていた。 
 さいわい諸外国ではこの方面の研究が盛んに行なわれていて、なかでも米スタンフォード大のチベット仏教僧8名が深い瞑想状態に入った時の脳機能画像の報告は説得力のるものであった。
8名そろって意志や決断といった人格に関わる前頭葉が強く活動しており、逆に視覚聴覚など五感の情報
を統合する頭頂葉の活動がおさえられているという結果である。
(図1)額の真後ろに位置する前頭葉が輝くということは、佛像でみられる額の白毫、あるいは両眼のほかに額にある第三の眼と関係があることかも知れない。 
さてこのような脳機能画像の結果を私自身先達の体験などに照らしてみると、頭頂葉の活動がおさえられると、音は聞こえ、物は見えているがその意味や実在感があいまいになり、いっぽう前頭葉の活動で自分の核は失われないという、いわゆる三昧の境地であることが分かる。

さらに瞑想が深まり自己を規定する五感が薄れると、自己と他者との境の畔が切れ、宇宙との一体感キリスト者の場合はキリストとの一体感を生むこともあるとされる。

これに付随して本能的な行動、快不快、喜び悲しみなどの感情を生む旧脳の扁桃体のスイッチがオンになると、感情をおさえたり無くしてしまうとされる悟りの状態ではなく、本能的な感情が生き生きと輝く状態になると考えられる。 
 この扁桃体を含めた大脳辺縁系と呼ばれる旧脳は、知性では届かない直観力やアイデアに関わるところでもあり、天才的な発想を生むいわゆるセレンデビテイに関係していると考えられる。

また深い瞑想の境地では脳内神経物質であるセロ
トニン、ドーパミンの分泌が起こり、幸福感や達成感、静寂の中の輝くような悟りの境地が得られるものと思われる。 
 菩提樹の下での最終的なお釈迦様の悟りは「虚空を太陽が照らすがごとき」境地であったとされている。恐らくドーパミンなどの神経物質が大量に放出された結果と思われる。

そのためか最初お釈迦様はこのような境地は他人には伝えられないと判断され、初めは弟子たちの要請にもかかわらず布教をためらわれている。
お釈迦様の凄いところは、このような深い悟りの状態の脳をその後の 45 年にわたる布教活動の間、少しも変わらずに持ち続けられたことで、相手に応じた臨機応変の説法と、自他の畔を完全に切った博愛の精神という相矛盾するような脳の働きを生涯持ち続けられたのである。 


(「お釈迦様の脳」本庄巌著①

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (60)