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ブログ - 20180809のエントリ

医療と禅対談講演会「がんと坐禅」が開かれまし
 
 オール東海摂心会(坐禅会)第5日目午後18時より関市洞戸、岐阜洞戸(旧東海)坐禅道場で船戸クリニック船戸崇史院長人間禅総裁丸川春潭老師による禅と医療対談講演「がんと坐禅」が開催されました。
 人間禅岐阜禅会長渡辺玉蘭禅子の司会で、まず両講師の紹介より始まり、船戸崇史院長の講演「がんに克つ寝技、がんは治るようになっている」30分、丸川春潭老師「坐禅の効用、人づくり肚づくり、禅の両界曼荼羅絶対樹と相対樹をつなぐ三昧、知識と知恵の違いとその働き、、、など」30分、両講師への質議応答30分でした。



出席者は東海地区の一般参加者、洞戸大野「リボーン洞戸」関係者、オール東海坐禅会参加者他数十名でした。

(人間禅岐阜洞戸坐禅道場IT部)

 

※人間禅名誉会員船戸崇史船戸クリニック院長関連の今後の予定

第16回希望の祭典「がん治っちゃったよ!in埼玉」2018年8月12日(日)埼玉県さいたま市大宮区桜木町1丁目7-5ソニックシティビル

「いきたびinリボーン」8月28日(火)、29(水)10月9日(火)、10日(水)会場関市洞戸大野「リボーン洞戸」映画上映会&トークショー(定員25名)申し込み;0581-58-2311「リボーン洞戸」鈴木小林まで
 

「生き方革命」9月24日12;30~16;30

会場;一宮市栄3丁目JR尾張一宮駅名鉄一宮駅構内ビル7階シビックホール,参加費;2800円(共催団体会員2000円)

内容;映画「おだやか革命」12;30より

リレーセッション14;10「リボーン(Reborn)、病を克服する生き方」船戸崇史(岐阜県養老郡医師会会長船戸クリニック院長/総合医療),シンポジウムー母なる地球に生きるEarthas Mother

パネルディスカッション「人と地球の元気をめざして」15;30~

「坐禅断食会」10月12日(金)~14日(日)
場所;関市洞戸大野、「人間禅岐阜洞戸(旧東海)坐禅道場」
参加費;初めての方、20000円(リボーン洞戸宿泊の方ー17000円、別途;リボーン宿泊代20000円)「坐禅断食会」参加2回目以降の方10000円。

 

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勝鬘夫人の願行は十大受に帰す、在家の禅「勝鬘経の世界」㉜
 
 つぎに本文の「所楽(しょぎょう)に随いて入りて・・・・・」から「凡夫地を越ゆるに堪忍せず」までは、若し、彼岸に達する願いを忘却し、三行を実践しなかったならば、いつまでたっても苦悩に満ちた世界に沈淪し浮かぶ瀬はないぞと注意され、そんなことでは、いろいろの悪道に陥るぞと警告されているのです。
 そして最後の「我れ是の如き・・・・」から後の一段は、私は三慾・三行を忘れた人達がいろいろな過ちを犯しているのを見ているから、どんなことがあってもこの大受をおろそかにはいたしません、と誓いを結んでおられるのです。

以上で十大受を一通りお話したわけですが、最初にお話し申し上げたように勝鬘夫人の願行は、帰するところこの十大受にあります。

そこで勝華鬘の重要な眼目になっているのですが、ここで少し余談にわたって十大受が我が国に及ぼした影響について次回みてみたいと思います。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)
 
 

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正法を体得して仏になる、在家の禅勝鬘経の世」㉛

十、世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで、正法を摂受して、終に亡失せず。何を以ての故に、法を亡失するものは即ち大乗を忘る。大乗を忘るるものは即ち波羅蜜を忘る。波羅蜜を忘るるものは即ち大乗を慾(おも)わず。若し菩薩大乗に決定せざるものは、即ち正法を摂受する慾(おもい)を得ること能わず。
所業(しょぎょう)に随いて入りて永く凡夫地を越ゆるに堪忍せず。
 我れ是の如きの無量の大過を見、また未来に正法を摂受する菩薩摩訶薩の無量の福利を見るが故に、此の大受を受く。

 

この三行に比べて、つぎに続く三慾は趣を異にしています。

則ち「波羅蜜を忘るるものは即ち大乗を慾(おも)わず、若し菩薩大乗に決定せざるものは即ち正法を摂受する慾を得ること能わず」、これが三慾で、前の三行を得ようと願う心です。

願と行は一体ですが、しかし細かく分けて見れば願があって行が生まれてくるものです。

しかも願は誰にでも許されるもので、たとえ未熟なもの、仏法について未だ何も知らない人でも大乗を実践しようと大願をたてることができます。

そこで願いのほうからいいますと、苦しいとかやるせないとか、いろいろの煩悩に迷い苦しんでいるものが、楽々とした悟りに世界に入りたい、と念願するのは、これは自然でしょう。

たった一度しかない人生をできることなら楽しく送りたいのがだれしもの願いでなければなりません。

それが到彼岸の慾(おも)いです。

この願いを忘れなければ大乗を得んと願い正法を摂受しようと願い、正法・大乗・波羅蜜の三行を実践しなければならなくなってきます。

でないと、どんな立派な大願を立てても、実践が伴わなければ成就することはありません

聖徳太子は三行の実践は八地以上と断っておられますが、三慾からすればズブの凡夫で少しも差し支えないわけで、誰でも心がけ次第で正法を体得し、仏に成り得るのです。

16歳の太子像
 
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