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ブログ - 20180721のエントリ

宗演禅師菜根譚講話(二十六) 

飽後(ほうご)に味を思えば則(すなわ)ち濃淡の境都(すべ)て消え、色後(しきご)に淫(いん)を思えば、則(すなわ)ち男女の見(けん)盡(ことごと)く絶(た)ゆ。

故(ゆえ)に人常に事後の悔悟(かいご)を以(もっ)て臨事(りんじ)の痴迷(ちめい)を破らば、則ち性(せい)定(さだ)まりて動くこと正しからざるなし。

腹いっぱい食物を食ったあとで、味わいのことを思ってみると、濃(うま)いの淡(まず)いのという区別はすっかり消えてしまって、格別(かくべつ)、何が食べたいとも思わない。

また、房事(ぼうじ)を終えた後に、淫欲(いんよく)のことを思ったところで、これ、また、男女の情交に関する観念、想いは、悉くなくなってしまっている。


 

この事は、単に色と食の二つに止(とど)まらず、

すべての欲情が斯(か)くの通りである。

 快楽を貪(むさぼ)った後では興味は真(まこよ)に索然(さくぜん)たるものである。

故に、人は、常にその事の終わった後に生じて来る後悔の念を前もって心の上に置いて、まさにその事に着手せんと欲する時の、愚痴(ぐち)の迷いをぶち破ったなら、本心は端然(たんぜん)として居って動着(どうちゃく)せぬから、動作(どうさ)をすることは何事に限らず、正しからずということがないというものである。
 
 

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