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ブログ - 201805のエントリ

人間禅東海の皆様へ

 冠省,いつもお世話になります。
  昨夜の名古屋市中小田井、願王寺での「名古屋で夜一番遅い座禅会」のご報告です。
昨晩は、20代の若い人達が久方に新しく参加くださり、楽しく充実したひとときの座りが出来ました。
  ロックな世上の現代の若者に似合わず、ピクッとキマッタ不動の姿勢、初めての坐禅なのに非常に感心しました。
実に良い座りをしておられました。こういうかたがたにこそ尾張なごやの在家禅のメッカ名古屋坐禅道場の将来を託したいものと、昨夜は季節外れの初夢を見たものでした。

 

  このお2人(S/YさんとK/M君)どうぞ不動の坐りと数息(観)三昧をさらにUP,、継続していただき、お二人の平生の生活、仕事を一層軽快にされ、そして道友のお二人、三人、四人でさらに願王寺での6日からの古屋禅道場定例坐禅会(参禅会)へも挑戦いただければ更にさらにありがたいと思う次第です。
最後に岐阜禅会会員で、本在家禅会
IT
担当の真道居士さま、旧に変わらず、メールでの予約を連絡してくだされ、ありがとうございました。感謝申し上げますとともに、早や人生すでに功なり名遂げた御大真道さんも早くお店を他に任せて以前の様に積極的に修行に精励致されますよう期待しております。合掌
 


追伸;3日、9時半より願王寺で坐禅会準備作務を予定しております!!もちろん初心者大歓迎です!!


 
名古屋禅道場長(人間禅名古屋支部長) 
龍光庵蓑輪清稟(みのわせいりん) 

Seirin minowa
seirin1105@gmail.com
携帯 090-1560-6881
 
 
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ガンダーラ美術(二)
三蔵法師と歩むシルクロード⑨
 

アレクサンドロス大王の東方遠征を契機にギリシア文明がオリエント文明と「融合」してヘレニズム(ギリシア彫刻)文明が生まれ、さらに北インドにもヘレニズムが広がり、ガンダーラ地方においてギリシア彫刻が採り入れられて仏像が作られるようになった、という通説は、現在において大筋としては間違いではないが、前4世紀のアレクサンドロスの東征と、後1世紀後半からのガンダーラ美術の成立の時間差から、両者は直接的ではないとされている。

その間に介在したのが、前1世紀に北西インドに進出した。
ギリシア人国家のバクトリアであった。

現代、ヘレニズムとガンダーラ美術の関係について見直しがされている。 

かつて、日本では、ヘレニズム文化の代表としてガンダーラ美術が言及されてきた、ギリシア風の様式で彫られた仏像の中に、ヘレニズム文化の粋を見出すのであるが、これは20世紀前半フランスの美術史家フーシェの説であるが、今日ではすでに時代遅れで、ギリシア人がガンダーラ地方を支配していた前1世紀から後1世紀前半には、まだ仏像は現れていない。

仏像が作られるのは紀元1世紀後半、クシャン朝の時代のことで、アレクサンドロスとは400年近い隔たりがある。

現在の研究では、ガンダーラの仏教美術にはギリシア、イラン、ローマという三つの文化が影響を与えていると見るのが有力である。

大王と仏像が直結しているかのような従来の解釈は的外れで、幻影のヘレニズム解釈だとしている。<森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』興亡の世界史1 2007 講談社 p.24



「ガンダーラ仏」仏陀直立像(1~2世紀)と仏頭(2世紀)

 

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インドの西北、インダス川上流域に位置するガンダーラ地方は、クシャーナ朝時代に仏教美術が花開いた。ヘレニズムの影響を受けてここから仏像が出現したとされている。

 ガンダーラ地方はインドの西北、インダス川の上流域のパンジャブ地方に属する。

現在は大部分がパキスタンの領土となっている。

西にカイバル峠を経てアフガニスタンに通じ、東にはインドの中心部デリー、さらにガンジス川流域に通じる。

南にはパンジャーブの肥沃な平原が広がり、さらに南下すればシンドの地となる。

ガンダーラ地方は古来東西交通の要衝として重要な地域で、さまざまな民族が興亡し、多くの文化の影響を受ける地域であった。

アケメネス朝ペルシアの一州ともなったが、前4世紀にアレクサンドロス大王がペルシア帝国を滅ぼし、さらにこの地に侵入し、ギリシア文化(ヘレニズム)が伝えられることになった。紀元後1世紀にこの地のプルシャプラを都としてクシャーナ朝が成立し、カシニカ王が篤く仏教を保護したので、この地にヘレニズムと仏教が融合したガンダーラ美術が成立することとなった。 


ガンダーラ仏
ガンダーラ仏
東京博物館蔵。 ラ美術

 1世紀頃から3世紀頃にかけて、クシャーナ朝時代、インドの西北、ガンダーラ地方とタキシラで仏教美術が栄えた。

本来仏教は偶像崇拝ではないので、ブッダを彫像で表すことはなかったが、クシャーナ朝はイラン系の民族が造った王朝で、バクトリアから起こった国であったのヘレニズムの影響を受け、ギリシア彫刻を模して仏像造るようになった。

ガンダーラ仏はギリシア彫刻の影響を受けているが、4世紀のグプタ朝時代になると次第にヘレニズムの影響を脱して、インド独自の様式であるグプタ様式が成立する。ダーラ様式の 写真の菩薩像は2世紀のガンダーラで作られたもので、風貌、髪型にギリシア的なものが強く残り、衣文もギリシア彫刻のように動的である。<実教出版教科書『世界史B』p.59 像彫刻の起源に関する異説

仏像彫刻はガンダーラにおいて、ヘレニズム(ギリシア彫刻)の影響を受けて始まったという説は現在も有力であるが、一方で、仏像彫刻の発生をクシャーナ朝とローマ帝国の交易を背景としたローマ美術の影響であるとする説も有力であり、現在も論争が続いている。

仏像彫刻の発祥の地はガンダーラではなく、インド独自にマトゥーラで生まれたとする有力な説もある。<高田修『仏像の誕生』岩波新書 1987 考 ヘ

 

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清浄の行者涅槃に入らず

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/5/28 10:08
清浄の行者涅槃に入らず
在家の禅、勝鬘経の世界㉖
 九番目の受も抜苦の誓いですが、八受と比べると異なるところがあります。
八受の方は現に孤独、疾病、種々の厄難に苦しんでいる者についていったものですが、九受の方は種々の苦が出てくる根源を断ちきる誓いです。
 九受には「捕」と「養」という言葉がでてくるのですが、勝鬘経の解釈本ではたいていのものが「捕は魚を捕らえるもの」「養は動物を養って、これを殺すもの」とし、魚を捕ったり動物を殺したり、殺生をして生業をたてている者は悪律義な悪徳の者であるから、殺生をやめさせなければならないというように説いています。

はたしてそうでしょうか?私はこのような解釈にはただちに賛成はできません。

人間はもともと農耕、牧畜、漁業など第一産業から出発して今日にいたっているので、若し漁業や牧畜業が悪道だとするなら、人間は生きていけなくなるでしょう。

「文殊所説摩訶般若」に「清浄菩薩不入涅槃(しょうじょうぼさつふにゅうねはん)・破戒比丘不堕地獄(はかいびくふだじごく)」とありますが、こういう処をしっかり手に入れれば漁業も牧畜も立派な生業で、何ら批判されるべきものではありません。

聖徳太子の三経義疏・勝鬘経には「外に求むるを捕といい、内に蓄うるを養という」とあります。

この見解の方が遥かに勝れていて、さすがに聖徳太子、図星、的を得た見解だとおもいます。


 
白隠禅師、「清浄行者(菩薩)不入涅槃・破戒比丘不堕地獄」の頌

閒蟻(かんぎーアリ)争(あらそ)い曳(ひ)く蜻蜒(せいてい-
トンボ)の翼、新燕(しんえんー若いツバメ)雙(なら)び憩(いこ)う楊柳(ようりゅーヤナギ)の枝。

蠶婦(さんぷー妊婦)籃(らんーかんらん)を携(たずさ)えて菜色(さいしょく)多く 村童(そんどう)笱(たかんな)を偸(ぬす)んで疎籬(そり)を過ぐ(寺のタケノコを偸んで村の悪ガキが垣を乗り越えて逃げて行くぞ、和尚居眠り坐禅なぞしている場合ではないぞ?!。)。
(荊叢毒蕋)
白隠禅師不入涅槃の頌。無心無作の妙境界、妙用処。又現成底の端的、妙旨。(禅林句集)


 
(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)

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大法を実践するとは?在家の禅、勝鬘経の世界
(十大願=十大受のうち利他のための請願より)

.世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで、自ら己が為めに財物を受畜(じゅちく)せず、凡(おおよ)そ所受(しょじゅ)あれば、悉(ことごと)く貧苦の衆生を成熟(じょうじゅく)する為にせん。

. 世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで、自ら己が為めに四摂法(しせつほう)を行ぜず、一切衆生のための故に、無愛染心(むあいぜんしん)無厭足心(むえんそくしん)無罣礙心(むけいげしん)を以って衆生を摂受(せつじゅ)せん。
 

. 世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで、若し孤種々の厄苦の衆生を見ては、終(つい)に暫(しば)らく捨てず。
 

 必ず安穏ならしめんと欲して、義をもって饒益(じょうえき)し、衆苦  を脱せしめ、然る後に乃(すなわ)ち捨てん。
 
 

九.世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで若し捕(ほ)と養(よう)との諸(もろもろ)の悪律儀(あくりちぎ)のものと、及び諸(もろもろ) の犯戒の物とを見れば、終に棄捨(きしゃ)せずして、我力を得ん時、彼々(ひひ)の処を於て、此の衆生を見ては、応(まさ)に折伏(しゃくぶく)すべき者は之を折伏し、応(まさ)に摂受(せつじゅ)すべき者は之を摂受せん。

何を以っての故に、折伏と摂受とを以っての故に、法をして久しく住せしむ。
 

法久しく住すれば、天人充満し、悪道減少して、能く如来所転の法輪に於いて、而も随転することを得ん。

此の利を見るが故に救摂(きゅうせつ)して捨てず。

 
 人間の苦しみは数多くありますが、第七の受ではこれを「孤独幽繋疾病種々の困難困苦」という言葉で集約しています。
人生につきまとう物心両面におけるいろいろの苦しみをこれで代表させているわけですが、こうしたものに苦しんでいる人を見れば、必ず義をもって饒益(にょうやく)すとあります。
義をもってというのは、正しい道理に従ってこれを救済することで、老婆があたかも孫に飴玉やチョコをあたえて当面を紛らかすような救い方ではないのです。
それだけに“義を以て”ということは非常に大切なことです。
いいかえると仏教の教え、大法を実践することによって衆生の苦しみを除去する誓いです。
しかも救済したあとは、救済したという痕跡も残さないのが“然(しか)る後に乃(すなわ)ち捨てん”です。
済度(さいど)するのも無心(むしん)のうちにし、救ったあともまた無心でなければならぬのが仏教における救済で、俺が救ってやったとか、助けたとか、社会、世のためにこれこれの福祉事業をしたとかいうような誇りが少しでも鼻にかかっているようでは本当の衆生済度とはいえないのです。
 

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岐阜洞戸坐禅道場摂心会(本格坐禅体験会)のご報告
 
あらたふと青葉若葉の日の光、まさに新緑の候、岐阜県の清流長良川。その支流の中でも特に名高い板取川のほとり、自然にあふれる関市洞戸大野(旧岐阜県武儀郡洞戸村―約200年前、洞戸村市場の興徳寺で幼少時に出家得度された臨済中興の祖とされる隠山禅師のふるさと)に鎮座する在家禅=社会人の坐禅道場、岐阜洞戸坐禅道場(旧東海坐禅道場)において、5月9日(水)~13日(日)の会期で人間禅総裁丸川春潭老師を拝請して、人間禅岐阜禅会摂心会(せっしんかいー本格坐禅体験会)が厳修されました。
老若男女の社会人・学生参加者総勢25名は早朝5時から夜10時まで坐禅・参禅・作務・その他諸々の日課三昧の5日間、日頃のストレスや悩みから離れて、終始、自分と向き合うひととき、且つ心身をリラックスさせ、気持ち新たに、明日に向かって取り組む力を参加者一同おおいに養い得たのではないでしょうか。


 
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みえ四日市禅会参禅会(坐禅会)のお知らせ


 この度人間禅三重四日市禅会では、1日坐禅会(参禅会)を開催します。

現代は様々な情報が目から耳から入って来ます。坐禅を行じることで日頃のストレスや悩みから離れて、自分と向き合う時間を作ることができます。そして心身をリラックスさせ気持ち新たに仕事や社会生活に前向きに取り組んでいる人も増えてきています。

禅の醍醐味とは?

一般社会では「禅=坐禅」と認識されていますが禅の醍醐味は臨済宗正脈の師家への参禅、つまり古来より祖師方により伝えられてきた公案を通してお釈迦様の悟りを追体験することで、お釈迦様の悟りをしっかり体得することが出来ます。

臨済宗の正脈の師家を拝請して古来からの公案によって.転命開悟を図ることが出来る参禅会です。一般社会では単なる坐禅会と認識されていますが、正脈の師家への独参する会は三重一円ではわれわれ人間禅だけであります。
 老若男女、学生さんから主婦お年寄りまで、坐禅は初めてという方にも親切に初歩からご指導致します。 

日時 平成30年7月1日(日)9:00 – 16:00

師家 人間禅師家 金剛庵要道老師

場所:四日市市諏訪町・近鉄四日市駅より徒歩4分 四日市市総合会館 8F 和室

会費: 1000円(会場費、食費として)

日課;

9;00〜9;30 会員集合 9;30〜10;00オリエンティション

10;00〜10;30 静坐 10;40~11;30 静坐

11;30〜12;00 参禅 12;00〜12;45 昼食

12;45〜13;30 静坐 13;35〜14;00 参禅

14;00〜14;45 講話、茶話会(変更あり)

14;45〜15;15 静坐 15;15〜15;45 参禅

15;45〜16;00 作務・後片付け

  途中出入可。

坐禅体験会風景
 

お問い合わせ先


     田中&小川です        

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古屋摂心会(坐禅会)が始まります!!((水)月1(日)まで)


                         http://nagoya.ningenzen.jp/uploads/ckeditor/images/20180214082640.jpg

間禅名古屋支部(名古屋禅道場)摂心会が6/6~6/10に行われます。
社会人が本格の禅に触れることのできる貴重な機会です。

ご興味ある方は、是非お越し下さいませ。

人間禅は、一般社会人が在家のまま禅の修行ができる、そんな団体です。一般社会人の禅修行を在家禅と云いますが、通常は、出家しなければ本格的にはできないのが禅の修行。そんな中、人間禅は日本の最大の在家禅として、起源は明治8年にさかのぼり、奥宮慥斎・山岡鉄舟・高橋泥舟・中江兆民らが円覚寺の初代管長蒼龍窟今北洪川禅師を拝請して始まった参禅会が、今日の人間形成の禅(人間禅)のルーツになります。全国各地で、会社員、自営業、主婦、学生など年齢・性別・国籍・宗派等を問わず、禅の心を日常生活に活かすべく、様々な人々が集っています。 今回の摂心会は、本格的に参禅ができるいわば、年に4回の座禅合宿。 日常から離れ、座禅三昧の時間を過ごしてみませんか。 

かけがいのない人生を生きるために
 

  禅は、釈尊に始まり、達磨大師を経て、今日までの長い法統の中で磨き上げられてきた、すばらしい人間形成の道です。そこには、歴代の禅門の先覚者が苦心惨憺して伝えてこられた、見性(けんしょう:自己の本心本性を悟る)による人間形成の確かな道が伝わっています。

禅は、宗教の一つではありますが、信仰でも哲学でもありません。また、現代科学に違背するような神秘や迷信、超能力・予言・死後の霊魂の存在などを説きません。もっばら坐禅の修行によって自分自身の心を磨く「行(ぎょう)」です。特定の経典に依らず、釈尊のなされたように坐禅をし、三昧(ざんまい:心を一つのことに集中する)に入り、その三昧の力によって悟りを開き、このかけがいのない尊い人生を生きることの本当の意味を噛みしめる教えです。

悟りそのものは、言葉では説くことのできないものですから、自らが三昧に入って実地に体得するほかありません。坐禅は、調身(正しい姿勢をとる)・調息(呼吸をととのえる)・調心(心をととのえる)の三つが重要な基本となっています。

 禅の修行は、性別や年令を問わず、どなたでもできますが、本などを参考にして、各個人が、日常生活の中で坐禅を修することは、なかなか難しいので、先ず最寄りの禅会を訪ねて、正しい坐禅の仕方を学ぶことが大切です。

最初は、数息観(すうそくかん:呼吸を数えて心をととのえる法)を実習します。充分、数息観に習熟し、本格的に禅の修行をする決心ができたら、摂心会(せっしんえ:本格的な修行の会)に参加し、師家に入門することをおすすめします。

摂心会では、日課に従って、静中の工夫として坐禅を組んで数息観や公案の工夫を行い、また動中の工夫として作務(さむ:軽い作業を通して三味になる行)を行って道眼を磨き道力を養い、正しい人間形成を目指して修行します。そして、入門者は、修行によって得た自分の見解を師家に示して、その深浅邪正の判定を受けねばなりません。これを参禅といいます。

修行者は、このようにして養った得力(とくりき)を、各人の職場・家庭やボランティア活動などで発揮し、社会に貢献するよう努めています。

                          

人間禅名古屋支部摂心会(坐禅会)が6/6〜6/10に行われます。社会人が本格の禅に触れることのできる貴重な機会です。

ご興味ある方は、是非お越し下さいませ。

名古屋支部(名古屋禅道場)会員一同、お待ち致しております。また、会員になって本格的に禅の修行をされたい方、大歓迎です!スタッフまでお気軽にお声がけ下さいませ。



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名古屋禅道場坐禅会(摂心会)お知らせ


 平成30年6月6日(水)より6月10日(日)
 



☆初心の方大歓迎☆


社会人のための禅道場、人間禅名古屋道場では、恒例の第8回摂心会(坐禅会)を開催します。
臨済宗の正脈の師家を拝請し参禅(独参)して古来からの公案によって転迷開悟を図ることが出来る摂心会で、一般社会では単なる座禅会と認識されていますが、正脈の師家への独参できる会は、東海広しと言えども我々在家の禅「人間禅」だけであります
老若男女、サラリーマン、学生さんから主婦、年輩者まで、座禅は初めてと言う方にも親切に、初歩からご指導致します、お気軽にご参加、お待ち申し上げます。
 
初めての方の参禅とは!

我々人間禅の名古屋担当師家・金剛庵要道老師が11人面談の上、参禅願を提出し独参を許されると公案を頂きその見解を呈して、その深浅邪正を判別して指導を頂 きます。

☆日時:平成30年6月6日()1900
       ~6月10日()1200まで
☆場所:名古屋市西区中小田井一丁目377番地 
    善光寺別院願王寺 書院明光閣   
師家 人間禅師家 金剛庵粕谷要道老師
提唱   十牛の図

 講演:
原 絹代(白蓮)先生
 

名古屋駅より名鉄犬山線にて中小田井駅下車南東へ徒歩3分。
☆お車〜
・江南線を北へ向かい八筋町交差点を左折。

 

中小田井郵便局を過ぎコンビニの交差点左折線路をくぐり、

突き当り右折150m左側。

・国道22号線、古城交差点北東へ(岐阜方面からお越しの方は左折、名古屋方面からお越しの方はは右折)中小田井4交差点を右折線路をくぐって突き当り右折約150m左。

申込、お問い合わせ先     
広瀬 :携帯090-4250-0542
蓑輪 :携帯090-1560-6881 

E-mail :seirin1105@gmail.com

 

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名古屋禅道場坐禅会講演

「インプロ(即興)と禅」

インプロの紹介は以下に。

インプロとは?

英語のImprovization(インプロヴィゼーション)を短く略したもの。
 

日本語では「即興」と訳されており、芸術分野――音楽・美術・ダンス・映画・演劇で、創作・表現手段の1つとして用いられています。現在研修に応用され教育現場にも取り入れられています。
 ルールは一つ、『Yes and!』
 

インプロゲームを体感する効果は・・・
 

臨機応変な対応力が付く、相手を受け入れる自分を受け入れる実感、ポジティブシンキングの会得、発想力が鍛えられるなどなど多数の効果が挙げられます。
まずは、好奇心を持って参加してみてください。大笑いしながら新たな自分を発見しましょう!

参加費一般2,000円(講演会のみ500円) 食費1350
 宿泊費1泊500円 懇親会費2000


 

●申込、お問い合わせ先     
広瀬 :携帯090-4250-0542    廣瀬   蓑輪 
蓑輪 :携帯090-1560-6881 

E-mail :seirin1105@gmail.com

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