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ブログ - 20180312のエントリ

わすれ草菜飯につまん、禅者芭蕉読本

宗房は延宝六年には信章(親友、山口素堂)・信徳との三吟百韻二巻及び前年冬の一巻と合わせて「江戸三吟」を刊行する。

この年の七月松花軒二葉子の名で撰ばれた「江戸通り町」には、桃青の発句で二葉子・紀子・卜尺四吟の歌仙一巻が収められた。

ついで十一月に刊行された青木春澄撰の「武蔵十歌仙」には春澄・似春と三吟の歌仙三巻、「芝肴集」に収められた似春・四友との三吟百韻二巻も延宝六年秋の作と推定されている。

その他天明六年に芭蕉の草稿真跡のまま出版された杉風との両吟百韻一巻も、その中の附句が「江戸廣小路」に採録されているので、延宝六年乃至五年の作と推定されている。

「一葉集」所収の「わすれ草菜飯につまん年の暮 桃青」を発句とする千春・信徳との三吟歌仙一巻も、そのなかの附句が延宝七年刊行の「二葉集」に採録されているところより、延宝六年に興行されたと考えられている。

このように宗房桃青)がこの年に俳諧の席に列した回数はかなりなものになる。

言水の「江戸新道」、不卜の「江戸広小路」等にも発句・附句の入集がみられる。

写本として伝わっている十八番の句合には、その判者を勤めている。

六番句合と十二番句会との二部構成で、作者は定かではない。宗房の判詞の最後に「延宝六初冬日 坐興庵桃青 素宣(僧籍名)」と記されている。

延宝六年の宗房の俳諧生活は、このように多忙をきわめていたが、延宝八年も「江戸蛇之鮓」「玉手箱」「坂東太郎」など活動的である。

延宝八年になると、宗房の俳諧的地位はほぼ確立したものとなった。

処女撰集「貝おほひ」についで、第二撰集とみなされる「桃青門弟獨吟二十歌仙」二巻が、四月に刊行された。

杉風以下卜尺・嵐蘭・嵐亭(嵐雪)・螺舎(其角)等の門弟二十八人の獨吟一巻づつに、舘子の獨吟一巻を追加して、合計二十一巻を収めた集で、門弟がすでに二十人を数え、宗房の俳諧的地位は世にかなり高く認められるようになっていた。

参考資料、竹人「全伝」、竹二房「芭蕉翁正伝」、穎原退蔵「芭蕉」、「芭蕉総合年賦」



野萱草(ノカンゾウ)鎌倉市宝戒寺

和歌に「忘れ草」と詠まれているのは、ユリ科の萱草(かんぞう)。藪萱草(ヤブカンゾウ)・野萱草(ノカンゾウ)など幾種類かある。夏、百合に似た橙色の花を咲かせる。英名"daylily"は一日花ゆえ。若葉は美味で食され、根は生薬となる。歌に詠

まれたのは花でなくもっぱら草葉である。

『小町集』 小野小町
わすれ草我が身につまんと思ひしは人の心におふるなりけり

  『古今集』(題しらず) よみ人しらず
恋ふれども逢ふ夜のなきは忘れ草夢ぢにさへやおひしげるらむ

  『古今集』(詞書略) 素性法師
忘れ草なにをか種と思ひしはつれなき人の心なりけり

 (三重四日市禅会俳句部)

          

 

 

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