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ブログ - 20171204のエントリ

生死一如、煩悩即菩提・在家の禅・勝鬘経の世界⑯

 
彼(か)の仏の世界には諸(もろもろ)の悪諏(あくしゅ)・病(やまい)・衰悩・不適意(ふてきい)の苦なく、亦(また)不善悪業道の名もなし、彼(か)の国の衆生は色・力・寿命・五欲の衆具、皆悉(ことごと)く快楽(けらく)にして、他化自在の諸天より勝(まさ)らん、彼(か)の緒(もろもろ)の衆生は純一大乗にして、あらゆる善根を修習する衆生、皆彼(かしこ)に集まると。
 

この段は仏国土の様子を示された。
言葉の意味は、悪諏(あくしゅー地獄、餓鬼、畜生、の三諏あるいは修羅を加えた四諏、また、人間、天を加えた五諏、つまり悪道)もまた老・病などの苦もなく、寿命は永く、己(おのれ)の意に適(かな)わぬ悩みもない。
そのうえ五欲(ごよくー五官―眼・耳・鼻・舌・身の五境―色・声・香・味・触に対する感覚的欲望。財・色・飲食・名、名誉・睡眠を求める欲望。)に惑わされることなく、みな備わっていてしかもその楽しいことは他化(たけー他を化する)自在(じざいー自由自在)天にも勝(まさ)っている。
しかもこの国に集まってくる衆生はあらゆる善根(安楽な果報を招く善因・諸善を生み出す根本。無貪・無嗔・無痴)を修習(修行、学習)し、みな純一(じゅんいつ)大乗(大きな乗り物、小乗仏教に対する大乗仏教)のものばかりである。
と、言う意味になりますが、これが仏国土また浄土というものです。
しかし言葉の字義の解釈からすれば、そういう夢のような理想国が何処かにあるように思われますが、これは大乗仏教における「生死一如、煩悩即菩提(しょうじいちにょ、ぼんのうそくぼだい)」のギリギリをこのような言葉で示されたもので、この世の現実を離れて別にあるわけのものではありません。
凡・聖同居(ぼんしょうどうご)、邪・正一如(じゃしょういちにょ)の有りの儘(まま)の世の中を自在(じざい)にやっていく楽しみをうたったものです。
次の段では仏教の慈悲が明らかにされていきます。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」5.仏祖の授記、三段目より)


岐阜某農業法人農園「胡麻の植えつけ作業」と江戸城二の丸庭園(現皇居)


  
 
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