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ブログ - 20171108のエントリ


 

人間禅の道風庵老居士に書道を教えて頂いている関係で、今回、講演させて頂くことになりました。

すべては因果応報でしょうか、今日にいたるまでの私の人生を振り返りますと、様々な人とのご縁を感じざるを得ません。

中国上海で生まれ、日本に来るまではずっと上海で育ち、学校を卒業して薬剤師の専門学校に進み、病院に薬剤師として約10年勤めました。日本とは異なり、中国では医薬分業ではなく、病院が24時間体制であれば、薬剤師も交代で夜勤もあり、元来身体の丈夫なほうではなかった私はそのうち限界を感じ、退職しました。



中國、上海市最大の繁華街「南京路」

その後、ホテルに勤務している友人が、ホテルをいつも利用されている日本の企業の方を紹介してくれ、その方から、留学してみないかというお誘いを頂きました。

資格を取れば、ビジネスチャンスもあるというのです。

私は京都にある、ビジネスカレッジに留学するという道を選択しました。

これが日本と出会うご縁になりました。

留学終了後、京都電子機器という信号機器などの制御盤を専門に作っている会社の上海の現地法人に管理職として採用されることになりました。

仕事に就くと、想像以上に精神的なストレスも多く、今もあの頃の苦労を思いだします。

日本から出向してくる社長はほとんど中国語が離せず、現地の中国人労働者と意思疎通が図れず、生産性が向上せず、お互いの相互理解が進まない中で、板挟みの立場の私はどちらからも敵視されることが多く、辛い思いもしました。

その経験が今の私の財産になっています。

2007年、今から10年前になりますが、やはり、無理が身体を蝕み、その年の7月に意を決して、退職しました。

仕事の方はリタイヤしましたが、研修や出張で訪れた日本は、私にとって、憧れの国であり、退職したことで時間とお金に余裕が出来、それらの写真を撮ってみようと、趣味であった写真撮影のために日本に何度も訪れることになりました。
 

しかしその頃、生まれつき病弱だった私は先天性の腎炎と左耳の難聴に加え、さらに左目の白内障の手術をうけるという羽目になり、そんな身体症状の不安がわたしを悩ませている事も事実でした。

そのマイナス面を吹き飛ばそうと、写真の猛練習を重ねて、日本の美しい風景をカメラに収めようと頑張りました。

幸い中国と違って日本では、トイレの数も多く、不便さがないほど腎炎でトイレの近い私にとっては、益々日本が好きになる要素のひとつでした。

 

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