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ブログ - 201710のエントリ

龍光庵蓑輪清稟(みのわせいりん)名古屋禅道場長(人間禅名古屋支部長、皆様へ

玄徳です 豊橋下条東町、古刹金西寺までご足労を お願いしまして申し訳ございません
11月18日(土)豊橋金西寺定例静坐会からは定刻13時より 出席致します 体調まだ完全ではありませんが取りあえずご報告まで、ご参加の皆様に宜しくお伝え下
さいませ。
豊橋禅会長 道照庵高田玄徳 九拝
 

豊橋禅会第3回参禅会(坐禅会)


期日   11月29日(水)〜12月3日(日) 
         

会場  豊橋市下条東町 金西寺

詳しい要項
につきましては、近日中にホームページに掲載します

(名古屋禅道場IT部)

☆豊橋禅会アルバムより☆

 
 

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海の皆様へ
冠省
  いつもお世話になります。
  今日雨の中豊橋土曜座禅会にいつてきました、台風接近中で
  誰も来てくれないかなと思いながら行きましたが心法居士が
  参加してくれまして2人で坐ってきました。
  矢田禅会、願王寺の名古屋で一番遅い座禅会も、いつも1
  2人で非常に寂しいもつと沢山の方に参加してもらう為には
  どうしたらいいのでしょうか皆さんで忌憚のないアイデア
  とか意見を出してくれませんか?
  この件は全員で真剣に考えて見ましょう、宜しくお願いします。
                           合掌

蓑輪清稟 九拝
Seirin minowa
seirin1105@gmail.com

携帯 090-1560-6881


ML
ホームページ: http://www.freeml.com/horado-zen-club



 台風22号一過の29日夕方、西空は夕焼け、北の空には虹が架かっていました

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人間禅(東海)道場を市民の学習道場へ転換するヒント(その二)
 
4、コミュニティ・アカデミー上幟(かみのぼり)の設置目的と事業内容

 (1)設立趣旨  平成28年3月15

私たちは、広島の歴史と文化を地域社会に住む人々の共通理解とし、人の絆をより深めていく為に「コミュニティ・アカデミー上幟」を開設することにしました。
「コミュニティ・アカデミー上幟」では、成熟した社会における地域市民の共有の場として、生き方、健康・ウェルネス、人文科学、生活科学/地域学、社会科学、キャリア支援、自然科学、語学・芸術等に関して、質の高い講座やセミナー等を提供することを目的としています。
 地域は住民一人ひとりが、「日々新たに」生きていくことにより、発展的に形成されていきます。私たちは、地域市民意識を育む知識や文化を多くの方々に提供し、共に学び分かち合うことを通して、生涯の仲間づくりをしていきたいと思っています。
 
 (2)運営方針

・質の高い講座を提供し、自立した人生の探究者に育てたいと思います。
・教育愛のある専門家を講師に選び、講座での学びを通じて「知」と「心」を磨きます。
・講師と受講生、受講生同士が、生涯の仲間づくりの場となるようにします。
・学んだことを地域や社会に発信し、事業に活用できる場を作ります。
 
 
(3)事業活動


講座・セミナー、学習旅行、集会事業(イベント)



4)受講生募集

  ・HP,、朝起き会の組織者・集客業の人を担当講師にする。
  ・コミュ二ティ・アカデミー上幟関係者の高校時代の同級生に頼む。

5.プログラム分析 

〇中世広島武士団・東国武士の西遷 (歴史学者)
〇ビジネスマンに役立つ生涯学習の知識 (上智大学名誉教授)
〇中国地方の覇者となった、毛利元就の戦い (九大大学院特別研究者)
〇広島が生んだ近代の科学史家たち  (科学史家)
〇日本資本主義の父 渋沢栄一という器 (元マツダ社員)
〇旅で学ぶ日本人のこころ(その2)(上智大学名誉教授)
〇頼家(頼山陽)の人々(広大名誉教授 頼 祺一)
〇茶道の哲学―久松真一の禅と心茶の世界  (人間禅名誉会員西村古珠)
〇中世広島の武士団 (光成準治)
〇西欧旅行の英会話 (シュトラウマン千里)
 
講師紹介

香川正弘(かがわまさひろ)
 1942年、広島県うまれ、広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得中途退学、教育学博士(広島大学)、文部科学省中央教育審議会専門委員(第一―2期)。現在コミュティ―・アカデミー上幟代表。専門分野は大学解放。

三瓶千賀子(さんぺいちかこ)
 1974年、福島県(郡山市)生まれ、2000年上智大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程前期終了。専門は教育学(生涯教育学)。文部科学省中央教育審議会生涯学習専門委員(第8期)を歴任、全日本大学解放推進機構理事。

(広島呉禅道場設立記念講演、講師 香川正弘先生の講演より)


 

 
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人間禅(東海)道場を市民の学習道場へ転換するヒント
(郷土を愛するコミュ二ティ―・アカデミー上幟運営より)
香川正弘先生講演(広島坐禅道場設立記念)要旨

はじめに

今日の佳き日、広島に人間禅の道場結成となり、多くの仲間に祝われて、まことに喜ばしいことです。今後ともご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。

1、      定年後の研究領域
〇68歳から74歳までに行った三つの研究


  広島は文化果つる所、といわれるが、我が郷土は本当にそんなところなのか。


  キリシタン時代(1549〜1637)、東西文化の受容と衝突、


  イギリスにおける17世紀の知識革命の研究―大人の学びのスタイルの確定


2、      広島の教育上の問題点


(1)        最大の問題点は、郷土愛が歴史文化に裏付けられていないことにある。


(2)        知的生涯学習行政が整っていない。


(3)        民間団体が整っていない。


(4)        実際の生涯活動を診断するとー知識社会に程遠いとの感は否めない。


 

写真上、)JR呉駅前で、中、人間禅広島小畠光禅支部長の挨拶(広島坐禅道場設立祝賀会で) 下)、講演する香川先生(呉阪急ホテルの講演会場で)

3、      AⅠ時代に対応した大人の学習の在り方―


〇求められるのは、生活の質を高めていく(QOL)


ことを目指す教育文化事業である。


Working and  Living  Learning and  Living という観点から、テーマを深堀りした人の学びが再構築されていかねばならない。


・伝聞に基づいた知識ではなく、本当に自分の知識が求められる。


・質の高い生涯学習の意見は、1859年のスマイルズの自助論にある。


※サミュエル・スマイルズ『西国立志編』中村正直、講談社学術文庫、1981年。[邦語初訳出版 明治4年]


 


勤勉の功を積まずして、容易に得るところの知見は、算して教養の道とはなさず。


かくのごとき知見は、心中に居所を占むれども、人心をして不順ならしむることあたわず。


一時英敏の才を生ずといえども、元来特に楽趣に供する目的をもって学習をなすゆえ、賢基を崇くし、実益を獲ることあたわざるなり。


かくのごとき知識は、心霊の頓悟にあらずして、特に五感の感覚及び食色の快楽に似たるのみ、時過ぐれば跡なく消滅すべし。


(416頁より)


〇高齢化対応―文化的知識としての知能を伸ばしていくこと


図1  二つの知能型発達方向―ホーンとキャッテルによる知能の分類(香川正弘他編『よくわかる生涯学習』ミネルウ゛ァ書房、改訂版、2016年)、50ページ


  ・結晶性知能―経験によって獲得された知識に基づき、それを生かす能力、言語性知識と同じ。


  ・流動性知能―新しい環境に適応するための問題解決能力、動作性知能とほぼ同じ


 


〇国際化対応の知識


  ・脚下照顧で、自分のアイデンティティを養成するため、地域学、生き方を修めることが必要とされる。


  ・国際化に対応する為には、情緒的・文化的な知性(インテリジェンス)を磨く必要がある。日本人のビジネスマンにはこの基礎が欠けている。(シュトラウマン千里)


  (3)これからのプログラム事業


  A 過去の反省 ・講演会は、労多くして益少なし。


  B 担当分野  ・高等成人教育分野を切り開いていく。


  C 講師陣   ・一人の講師が、責任を持って一講座を担当する。


 
 

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九九本来八十一、坐禅和讃新講

(この)(とき)何をか求むべき    寂滅(じゃくめつ)現前する故に
当処便(すなわ)蓮華(れんげ)国      此の身即ち仏なり

耕雲庵立田英山老師書画「案山子」

 
案山子(かかし)を頌じた偈がある。【誰か六(ぎょう)を穿って(こん)(とん)死す。不穿却って甚だ功有り
何れの日にか賞音(しょういん)の客に逢わん。(らんぽう)破笠秋風に立つ】というのである。
渾沌というのは荘子に出ている中央の天子で、目鼻のないノッペボーであった。
南海と北海の天子はこれを憐れんで、毎日一竅だけ顔に穴をほっ
た。
そのために七日目に死んだという。
もとのままがよいのに
、何のわざわざ仏法じゃ悟りじゃ道眼じゃと余計なものを掘じくったために、折角の渾沌が死んでしまった。
ノッペラボーの方がよいというのである。
 ただひとりぼろをまとい、ションボリと田んぼに立つ案山子、何れの日か知音を得ることができようかという、ここには仏のほの字も近よりえない。
 ここのところを「無孔(むく)(てき)」の境涯ともいう。
音のでない穴のない笛のかなでる音曲の調べなのである。
 案山子は無孔笛の調べをかなでているのである。
「当所便(すなわ)ち蓮華国」という。
蓮華国というのは、蓮華蔵世界で、差別と差別が事々無礙に相即していてその全体が美しい調和の国を荘厳している華厳法界のことである。
しかし九九本来八十一で、よくみると、そんなに華やかな浄土でもない。
破れ障子のすき間風が身にしみるわび住居で、地獄餓鬼畜生の娑婆(しゃば)の真只中である。
そこに何ともいえぬ味がある。
「便ち」は、即座の意で、よくきいている。
「この身即ち仏なり。」仏といってもありがたそうな金ぴかの荘厳をつけた仏ではない。
平凡な一介の真黒な炭焼きおやじである。



……朝々日は東に出で、夜々月は西に沈む。
(菜の花や月は東に日は西に)



 一法の得るべきものなく、一切の顚倒夢想を遠離(おんり)す、というのはここのことである。
ここのところを「父は子のために隠し、子は父のためにかくす」と
いい、「一九と二九と相逢うて手を出さず」という。
如何ともすることができぬ。
 永嘉大師が『証道歌』で「絶学無為の閑道人」と詠ったのは、ここのことで、迷悟両忘の閑古錐の境涯ともいわれる。
先端がちびてボロボロになり、使いものにならなくなった、役立たずの古い錐の味である。
 道元禅師が天童山にて如浄禅師に(まみ)えて一大事を決着して帰朝したときの語にこうある。
 【我業林を()ること多からず。等閑に天童先師に(まみ)えて、当下に只眼横鼻直なることを認得して、人に瞞ぜられず。
空手にして郷に還る。
一毫も仏法あることなし。
……朝々日は東に出で、夜々月は西に沈む。
三年一閏に逢い、鶏は五更(暁)に向って鳴く】
 これが、自利と利他の畦がきれた法爾の事仏の消息である。
 「この身即ち仏なり」の仏とは、ここを指している。

 
(白隠禅師坐禅和讃新講―白田劫石 述 第四段 (この)(とき)何をか求むべき 寂滅(じゃくめつ)現前する故に 当処便(すなわ)蓮華(れんげ)国 此の身即ち仏なり


 ー人間禅叢書第6編 文責 豊橋禅会IT担当 田中宗晃)


 
 

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ドリームマップと禅講演会が開催されました

名古屋市中小田井、善光寺別院願王寺明光閣で開かれている人間禅名古屋禅道場の第8回摂心会(坐禅会)の第2日目、10月21日(土)14時〜16時の時間帯で、講演会が開催されました。講演後参会者各自のドリームマップ作成の手順説明、実習、更に活発な質疑応答がかわされました。
講師は一般社団法人ドリームマップ普及協会事務局長・副代表理事三輪夢遊(裕子)禅子。写真は自身のドリームマップを手に講演する夢遊禅子。


 
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名古屋禅道場秋の坐禅会が始まりました

 名古屋禅道場秋の坐禅会が始まりました

名古屋禅道場秋の坐禅会が19日(木)PM16;00より22日(日)16;00の日程で始まりました。

初心の方大歓迎!!何時からでも参加できます。

1日目20日(金) 起床5;00 静坐6;30 7;00朝食、お茶席 8;30作務 10:30静坐 参禅 12;00昼食 午後 14;00作務 17;00静坐 18;00夕食 19;00提唱(十牛の図) 静坐 参禅 22;00就寝
 

2日目21日(土) 同上      午後14時 講演「ドリームマップと禅」、質疑応答 数息観実習  18時―俳句会、懇親会 22;00就寝 


第3日目22日(日)5;00起床 6:30静坐、7;00朝食、お茶席 8:30作務 10;30静坐 参禅  12時円了茶礼 昼食 14時解散 


場所:名古屋市西区中小田井一丁目377番地 善光寺別院願王寺明光閣

交通:鉄道〜

 

名古屋駅より名鉄犬山線にて中小田井駅下車南東へ徒    歩3分。

お車〜
・江南線を北へ向かい八筋町交差点を左折。

 

中小田井郵便局を過ぎコンビニの交差点左折線路をくぐり、

突き当り右折150m左側。

・国道22号線、古城交差点北東へ(岐阜方面からお越しの方は左折、名古屋方面からお越しの方はは右折)中小田井4交差点を右折線路をくぐって突き当り右折約150m左。

費用  
参加費:期間中2000円(7日間通して出入り自由)      

 

       食費:1400
      施設利用料:500円(宿泊希望者のみ)

申込、お問い合わせ先
広瀬 :携帯090-4250-0542
蓑輪 :携帯090-1560-6881 E-mail 
seirin1105@gmail.com
 

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野沢 凡兆のざわ ぼんちょう、(寛永17年1640年〜正徳4年1714年)江戸前期の俳諧師、。
姓は越野、または宮城、宮部とも。加賀国金沢の出身と言われる。京都に出て医者になり、そのときに芭蕉と出会い、師事したが後に離れた。
晩年は零落したという。妻の野沢とめ(羽紅)も俳諧師である。写実的な句を得意とした。
(ウキィぺディア)
凡兆を芭蕉は高く評価したという。
芭蕉七部集の中でも出色とされる『猿蓑』に入集した最多の俳人は編者となった凡兆の41句であった。
芭蕉は40句、同じ編者の去来は25句であるから破格の出世であった。 

 『猿蓑』編集の場所は凡兆宅で芭蕉が旅から帰ると凡兆宅を定宿にしたという。
芭蕉より4歳年長ということもあってパトロンとしての役得といえた。 
京都で安定した医者の生活のかたわら俳諧を楽しむゆとりがあるかと思えば関係者の罪に連座して獄中生活も体験した波乱の人生であった。
名声を得て以後は芭蕉と袂を分つ。芭蕉に心酔しながらも盲従はしなかったようである。(蕉門つまり芭蕉をめぐる弟子の人間関係の消長を描いた、嵐山光三郎著「悪党芭蕉」)

 代表句について。 

  かさなるや雪のある山只の山 

*重畳たる山なみ、という表現がある。それを俳句にした感じであるが雪山とまだ積もってない山と対比して遠近感を示す。正岡子規が凡兆を称賛したというのはこんな手法に着眼してのことであったと思われる。 

  炭窯に手負いの猪の倒れけり 

*鈴鹿の山中では今でも炭焼き窯は良く見る。その窯に(猟師が放った)矢が刺さった猪が力尽きて倒れているという。現代なら猟銃一発で即死だろう。八風南峠の近くで、ある山岳俳人が寝ていた時、猪を見てびっくりしてそっと立ち去ったという。こんなのと争えばこっちが手負いになりそうであると直観したのだ。と。もと武人の去来なら一刀のもとに切り捨てたであろう。 

  ながながと川一筋や雪の原

*これも凡兆の句である。件の山岳俳人は石徹白の和田山牧場辺りは雪原の中に一筋の流れがあってまさにそんな風景なのだと。
新潟の蓮華温泉からの兵馬の平の風景も雪原(夏は湿原)の中央部をながながと川が流れている。今もどこかで見る懐かしい風景である。と。


    
                                                     

上)、蓮華温泉 下)、鈴鹿山脈、釈迦ケ岳
写真:稲垣勝義  三重郡菰野町地蔵からの釈迦ヶ岳
 南北60kmにわたる鈴鹿山脈のほぼ、中央部に位置している。山頂が突出していないため、余り見栄えのいい山ではない。
 山名は、釈迦の寝姿に似ていることから名付けられたといわれる。自然林がよく発達しているため、山頂は広葉樹が茂り、視界はあまりよくない。

(三重四日市禅会俳句部)
 

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       松倉嵐蘭 

16471693 江戸時代前期の俳人。
正保4年生まれ。肥前島原藩(長崎県)藩主松倉氏の支族。はじめ板倉家につかえ,辞して江戸に住み,芭蕉に師事して「桃青門弟独吟二十歌仙」に名を連ねた。
元禄6827日死去。47歳。名は盛教。通称は甚兵衛。松倉盛教。蕉門最古参の門人。江戸浅草在住。三百石取りの武士だったが、44歳で官を辞し、俳諧専一の生活に入った。老荘思想の持ち主で、芭蕉は彼と意気投合した。また、そのことで芭蕉も嵐蘭には一目おいていた。元禄647歳の若さで急逝した。(鎌倉へ月見に行っての帰路であった。)

嵐蘭急死の報に応えた弟
嵐竹への書簡がある。「秋風に折れて悲しき桑の杖」「見しやその七日は墓の三日の月」の句は芭蕉が嵐蘭の死を悲しんで詠んだ挽歌である。

嵐蘭の代表作 

五月雨や露の葉にもる(やまごぼう)(「炭俵」)

水無月や朝めしくわぬ夕すゝみ   (「猿蓑」)

笑にも泣にもにざる木槿かな      仝

はつ市や雪に漕来る若菜船       仝

夕がほや裸でおきて夜半過     (「続猿蓑」)


 (三重四日市禅会俳句部)
 

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