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ブログ - 201709のエントリ

秋の岐阜洞戸坐禅道場
坐禅と掃除の会ご報告


岐阜洞戸坐禅道場での8月のオール東海女性部、俳句部合同摂心会からほぼ二か月がたちました.
喧しかった蝉しぐれが何時の間にか止み、コオロギや鈴虫が夜のしじまの主役にとって代わっています。地球に昆虫が出現したのが4億年前で、私達霊長類はたかだか二千数百万年前だとのこと。

言葉を持ち道具を作り文明を築き上げた点で、人は生物の世界で頭一つ抜け出る存在になった。

しかし一方、地球にとっては実にはた迷惑な存在になってきたようです。かけがえのない☆である地球を汚染破壊に導き、同じ種の間で数百万という数の殺戮をなすのは人類のみであるとさえいわれています。

ここ岐阜洞戸坐禅道場はまさに別天地で、摂心会や坐禅会行事の予定がない平日は山野草が繁茂し、昆虫や鳥獣戯画の悠久の想いに耽らせる世界です。

事実、雨戸を開けて入った隠寮の押入れでは亀虫が大発生していたり、朝起きてみると、枕元の畳に蜈蚣が這っていたなど、茶飯事です。

今年の夏はエルニーニョ海流の影響と地球温暖化異変で世界的には巨大ハリケーンや台風の襲来、日本各地ではなぜか亀虫が大発生との報も。
 

そんななか9月29日午後13時より16時の時間設定で開かれた坐禅と掃除講話の会、平日の午後というので、やや集まりがよくなかったのですが、渡辺玉蘭岐阜坐禅道場長(岐阜禅会長)とオール東海掃除担当講師川口玉風禅子のお骨折りにより、「岐阜洞戸坐禅道場第2回坐禅と掃除の会」として無魔円了しました。


次回の洞戸坐禅道場での参禅会(坐禅会)は新年、平成30年1月17日(水)〜21日(日)の予定です。初心の方、ご家族でご参加大歓迎です!!岐阜禅会一同お待ちしております。

 


 ひとときのこの世の極楽、秋の風情紛々岐阜洞戸坐禅道場♥♥コレぞお掃除の極意!!です、下のスナップ写真もご笑覧下さいませ。撮影ー川口玉風、亭主ーおサルのジョージ?正客ーソフトバンク白土家のシロー君!招待客ー天津風の洞戸雉子さん?因みにお菓子は禅会長御手製の吉備団子かナ〜(陰の声「ウルサイ!そんなヒマはない!お前たちも、出て来て手伝えヨ!」)。お点前ー渡辺玉蘭でした。






 

            岐阜禅会長よりお知らせ
 

以下、岐阜禅会・豊橋禅会の今後の参禅会予定です。

1129日〜12/3(豊橋禅会)

1月17日〜21(岐阜・豊橋禅会合同)

2/283/4(岐阜禅会)

4/114/15(剣道部合同)

(岐阜禅会・岐阜洞戸坐禅道場IT担当)

 

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「お 経 に 学 ぶ 」


 
 

平成291111日(土)に開催される女性部主催の

読書会について、ご案内申し上げます

現在、『勝鬘夫人の告白』小野円照老師著を読み進めております。

「勝鬘経」について

古代インドの王妃である勝鬘夫人が大乗に帰依する誓願を立てられ、これを実践された

様子を自ら告白されたものです。しとやかに説いている中に、不退転の決意が滲み出て

いて、深く味わうほど恐るべきものがあります。   (本文より)

次回は p.170「八種の聖諦」に入ります。一度しかない人生を楽しく自由に、しかも悔いなく送るにはどうしたらよいか? 『勝鬘夫人の告白』を読みながら皆で考えてまいりたいと思います。

 読書会には毎回 葆光庵老師が出席され、禅の真髄に迫るお話しを伺うことができます。  

  女性に限らず男性の方でも、初めての方でもどなたでも 気楽にご参加いただけます。   多くの方のご参加を心よりお待ちしています!!

        午前   8:30         受付
午前  8:45~9:45   読書会

 会  費 :1000円(テキスト代を含む)を申し受けます。

   連絡先 :進藤慧玉(090-5323-5307  email : chieko-s@sj9.so-net.ne.jp

  場  所 :人間禅擇木道場(TEL03-3823-7647) 日暮里駅南口3分

 次回は p.170「八種の聖諦」に入ります。一度しかない人生を楽しく自由に、しかも悔いなく送るにはどうしたらよいか? 『勝鬘夫人の告白』を読みながら皆で考えてまいりたいと思います。

 読書会には毎回 葆光庵老師が出席され、禅の真髄に迫るお話しを伺うことができます。  

  女に限らず男性の方でも、初めての方でもどなたでも 気楽にご参加いただけます。   多くの方のご参加を心よりお待ちしています!!
       午前   8:30         受付

午前  8:45~9:45   読書会

 会  費 :1000円(テキスト代を含む)を申し受けます。

   連絡先 :進藤慧玉(090-5323-5307  email : chieko-s@sj9.so-net.ne.jp

  場  所 :人間禅擇木道場(TEL03-3823-7647) 日暮里駅南口3分
 

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 禅フロンティア日本文化研修道場
第61回禅フロンティア1111日(土)
国際化を吟味する
国際化は多様な価値観を許容すること

 

今、国際化とは?

 
 秋山武清先生は現役時代には青山学院大学経営学部でビジネスコミュニケーション、実用英語の教育と研究に携わっておられましたが、父親が80歳になったときからは両親と同居するために生まれ故郷の神栖市に戻られ、高速バスで勤め先の青山学院大学まで通勤されました。そして退職後は地元の神栖市国際交流協会を中心としたボランティア活動に力を入れて10年以上の活動をしてこられています。今回のフォーラムでは、先生が続けてこられた国際化に関するボランティア活動の実践を踏まえて地域の国際化を事例的に吟味していただきます。
 
 「国際化」とは多様な価値観の存在を許容し、これと共存共生する社会になることであり、物と人と企業活動などの相互交流を意味する「国際交流」をいくら拡大しても必ずしも国際化にはならない。ましてや単なる西洋化、アメリカ化を国際化と呼ぶことはできない、と言うのが先生のお話の大事なポイントです。真の国際化を実現するために我々はどのような筋道で行動していけばよいのか、その点をこのフォーラムでは先生のお話をお聞きしながら皆で考えていきたいと思います。
 
*秋山武清 青山学院大学名誉教授 茨城県神栖市生まれ。年老いた両親と同居して古郷の神栖市から都内の青山学院まで通勤したが、退職後は神栖市国際交流協会のボランティア活動に力を入れている。
    司会: 田谷日輪 神栖市で事業経営しながら、坐禅の修行にも邁進中。( 禅修行歴9年)
 
 
 
 我々の禅会では坐禅の修行を通じて皆が仲良く暮らす世界を作っていくことが一つの目標になっています。それぞれの民族がそれぞれの文化を持っています。互いに信じる道はあるいは違っているかもしれないがそれでもお互いに尊敬の念を持って、合掌しあいながら仲良く共生できる社会を作っていく、その禅の理想はまさに国際化の理念と重なるのではないでしょうか。
 
最後に座禅の時間も設けてあります。人間禅の師家(老師)に直接禅の話を聞く時間も用意してありますので、そちらにもどうかお気楽に参加下さい。
 
【費用】 2,000円 ※初めて座禅をされる方は指導料として別途 500 円(テキスト代含)。
 【場所】 人間禅擇木道場 日暮里駅南口徒歩3分


110-0001 東京都台東区谷中7-10-10 TEL:0338237647 FAX:0358155921


【連絡先】HP zenfrontier.org からお申込み願います。お気軽にご質問ください。 


担当:田谷比佐志 携帯 090-3068-9601 PCアドレス taiyakan@rose.ocn.ne.jp

 

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秋季人間禅本部摂心会(坐禅会)


 


本部摂心会準備作務


  1022日(日) 午前9時~12


  ※近隣支部の方は参加願います。


 


.第123回秋季本部摂心会(坐禅会)


師  家 葆光庵丸川春潭総裁老師


講  本 『新編碧巖集抄』


場  所 千葉県市川市国府台、本部道場


期  日 1028日(土)結制~114日(土)円了


結制日 午後2時集合準備作務 午後7時結制茶礼


円了日 午前6時半参禅 終了後円了茶礼


       提唱 総裁老師


          1029日(日)馬祖不安 1030日(月)万法帰


1031日(火)体露金風 111日(水)(放参日)


11  2日(木)法話 報慈庵老居 11  3日(金)新作提唱※提唱・





法話共、午後7時からとなります。


3.常任法務会


期  日 114日(土)午前830分~1030


場  所 南寮会議室


4.追憶尋思式・納骨式及び追憶座談会


期  日   114日(土)午前11時 開式


場  所   禅堂


追憶座談会  午後1215分~230


5.70周年記念行事実行委員会並びに支部長・禅会長会議


期  日   114日(土)午後3時~5     所 禅堂


※特命布教師・総務は参加願います。


6.摂心会円了懇親会


期  日   114日(土)午後6時~8 







          禅堂


※名誉会員はご招待します。


7.人間禅午前11時記念式・記念撮影・懇親会(禅堂)


午後230分解散


附属・剣道「宏道会創立61周年記念式典


期  日 115日(日)午前8時~9時 茶席(北寮茶室)


午前930分~1010分 演武(剣道場)







 
 

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(風流ならざるところ也風流、坐禅和讃新講㉞ 

(この)(とき)何をか求むべき    寂滅(じゃくめつ)現前する故に

当処
便(すなわ)蓮華(れんげ)国      此の身即ち仏なり


 

『文珠所説摩訶般若』の中の【清浄の行者涅槃に入らず 破戒の比丘地獄に堕せず】に対して、白隠老漢がおいた偈頌に次のものがある。
【閑蟻争い引く
(せいてい)の翼、新(えん)並び(いこ)う楊柳の枝、山婦は藍を携え
て寀色多く、村童は
(じゅん)を偸んで疏籬(そり)を折る。】
 ここで青というのはとんぼのことであり、筍とはたけのこで、疏籬とは、垣根である。
 丁度庵でいい気持ちで居眠りをしている庵主をわざわざゆすり起こして、門前の小僧がたけのこを盗んでゆくぞ と、告げ知らせてやっているようすでつまりは、五慾の素凡夫の境涯にかえった消息である。
修行に修行を重ねてみたが、畢竟労して功なし。
いらざることをしたものじゃわい、ということになる。
衆生の生滅心そのままが大涅槃で、そこに仏だの法だのといらざることをつけぬがよい。
「山奥の白木の器(うつわ)そのままに うるしつけねばはげ色もなし」坐禅をして悟りを得たの、般若の智慧を得たというのが、よくよくみれば恥の上ぬりであったわいという。

 耕雲庵老師の句に「元日や水(ばな)たれて大愚たり」というのがある。よく味わうとよい。



しかしそれなら、何故そんな無駄なことをわざわざするのか。


そこに又、得(え)もいわれぬ風流味がある。
これを風流ならざるところ又風流という。
この味は同床(どうしょう)に臥(ふ)してふとんの破れ具合を知ったものでないと味わうことはできない。 
 万々出世の祖師方は、担雪塡井(たんせつてんせい)をやってござる。


山を下りて、わざわざ雪を背負っては、それを井戸に投じて塡(うず)めようとする。


畢竟(ひっきょう)無駄なことである。
すぐ水に溶けてミジミジとなくなってしまう。
何故このようなおろかなことをしているのであろうか?
珊瑚(さんご)枕上(ちんじょう)両行(りょうぎょう)の涙 半ばは是れ君を(おも)い 半ばは君を(うら)む】という語があるが、まことに酔(すい)を憎んで酒をすすむという有様である。
 ここのところが真の寂滅現前底(じゃくめつげんぜんてい)である。
「この時何をか求むべき。」
ここでは長い間求めつづけてきた仏法も悟りもいらぬ。
求むべき一法とてない。
(白隠禅師坐禅和讃新講―白田劫石 述 「第4段(4)
(この)(とき)何をか求むべき 寂滅(じゃくめつ)現前する故に 当処便(すなわ)蓮華(れんげ)国 此の身即ち仏なりー人間禅叢書第6編 文責 豊橋禅会IT担当 田中宗晃)

 

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禅談・湊々津々浦々へ

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2017/9/26 17:14
 禅談・湊々津々浦々へ

 復元北前船との出会いから数年後、小生出張で若狭路、丹後路、伯耆路、出雲路、石見路、周防灘などへ行きますときは必ず湊(港)で疲れを癒す習慣があり、フラリと立ち寄ります。
 日本海に面した自然の湊鷺浦(出雲)、温泉津(ゆのつー石見大田)へ立ち寄った時のことです。
 水深のある湊、そこに錨をおろした小さな漁船、陸揚げされた漁船、漆喰づくりの蔵屋敷、焼き杉づくりの濱屋敷など露路を歩いて目に入ったことは、各家の表札には屋号があり、中でも特に目についた屋敷の表札に、「塩飽屋(しわくや)」とあった玄関先に、“塩飽島からの塩の商売で住み着き財を得た”と表記されていたことでした。
 浜屋敷群は丹後半島と同じような家づくりであること。
 また、温泉街として地域起こししている街並みを奥へと歩を進めると、格子戸のある数寄屋風屋敷が立ち並ぶ。

   

海岸に直角に伸びる縦の通り、奥に日本海がみえる、右に旧廻船問屋、塩飽屋が並ぶ  夏の権現祭、船で参拝 


 「あれ!」「あれ!」と首をかしげながら湊で腰を下ろし、入江を眺めていると、散歩しているご老人があるので、「ここはもしかしたら北前船の寄港地ですか?」と尋ねたものでした。
 すると、「そうです。お気づきになられたことでしょうが、この奥には随分繁盛した遊郭もありました」と、さらに話しを続けてくれました。
 「秋には北前船が酒田の米を積んで船団を組んでやって来ていました。
 温泉津ではその米をおろしておりました、天領の大森(石見銀山)へ運ぶ米でした。
 大森からは人夫さんが銀を運んで来て、北前船に荷積みしておりました。
 この地は船頭さん・船夫さんが塩汗、泥汗を流す処であり、船の修理をするところでもありまして繁盛したようです。
 鉄道(山陰本線)が開通してから北前船は来なくなりましたので、その後はすっかり寂(さ)びれてしまいました」と。



↑写真は「海の情報局」第八管区海上保安本部海洋情報部HPより転載。
 
島根半島の日本海側は入り組んだ海岸線をなし、「島根半島四十二浦」と呼ばれる。
それぞれの浦に神社があり、神事が執り行われている。
 ※「浦」は湾曲した入江のことで、漁村・港町を指すことばでもあります。
 
鷺浦は四十二浦のひとつであり、「杵築(きづき)七浦」にもなっていた。
 
(田中義琛-「禅」55号)
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 禅談・北前船と塩飽諸島

―湊々津々浦々を歩くー

 平成二十三年夏、金沢(加賀)出張を終えて鯖江(越前)を通過している時のことです。
 一隻の大型木造船が寄港している姿が目に入り、岸壁に近づいてみると復元された北前船の雄姿でした。
 北前船の模型は見たことがあるのですが、小学生時代(?)、歴史教科書の活字でのみ知り得た北前船に偶然鯖江で巡り会ったのでした。
 寄港地の鯖江で、北前船の船頭さん,船夫さん達は江戸時代風のいでたちで懸命に水、食料を荷積みしていて出帆間近でした。

    

復元北前船「みちのく丸」(ウィキペディアより)

この時、船頭さんに「これからどちらへ?」と尋ねると、船頭さん快く「北前船には、電気もガスも搭載していないので、大阪を出てから、播磨灘〜備前〜尾道〜周防灘〜馬関を廻るため、日本海の湊々津々浦々に寄港して水・食糧を積み込んでいます。


六十日の航海ですから、これから新潟〜佐渡〜酒田へ寄港して小樽が終着寄港地です。」と言葉がかえってきました。


束の間の会話を終えて、船頭さんが出帆の合図を出すと、北前船はタグボートにゆっくり曳航されて日本海洋上へと向かっていきました。

北前船に関して、その海運史・流通史の分野に疎い小生が嘴を入れることは恐れ多いことですが、○○翁の手習いに免じて頂いて、旅先の湊々津々浦々での北前船とその寄港地との偶然の一致、出遭いの次第を少しばかり紹介させていただきましょう。(田中義琛-人間禅「禅」誌55号より)


 
 

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   秋の摂心会が始まります!(10月19日~10月22日まで)

                        


人間禅名古屋支部(名古屋禅道場)摂心会が10/1910/22に行われます。
社会人が本格の禅に触れることのできる貴重な機会です。


ご興味ある方は、是非お越し下さいませ。


人間禅は、一般社会人が在家のまま禅の修行ができる、そんな団体です。一般社会人の禅修行を在家禅と云いますが、通常は、出家しなければ本格的にはできないのが禅の修行。そんな中、人間禅は日本の最大の在家禅として、起源は明治8年にさかのぼり、奥宮慥斎・山岡鉄舟・高橋泥舟・中江兆民らが円覚寺の初代管長蒼龍窟今北洪川禅師を拝請して始まった参禅会が、今日の人間形成の禅(人間禅)のルーツになります。全国各地で、会社員、自営業、主婦、学生など年齢・性別・国籍・宗派等を問わず、禅の心を日常生活に活かすべく、様々な人々が集っています。 今回の摂心会は、本格的に参禅ができるいわば、年に4回の座禅合宿。 日常から離れ、座禅三昧の時間を過ごしてみませんか。 


かけがいのない人生を生きるために


 禅は、釈尊に始まり、達磨大師を経て、今日までの長い法統の中で磨き上げられてきた、すばらしい人間形成の道です。そこには、歴代の禅門の先覚者が苦心惨憺して伝えてこられた、見性(けんしょう:自己の本心本性を悟る)による人間形成の確かな道が伝わっています。

禅は、宗教の一つではありますが、信仰でも哲学でもありません。また、現代科学に違背するような神秘や迷信、超能力・予言・死後の霊魂の存在などを説きません。もっばら坐禅の修行によって自分自身の心を磨く「行(ぎょう)」です。特定の経典に依らず、釈尊のなされたように坐禅をし、三昧(ざんまい:心を一つのことに集中する)に入り、その三昧の力によって悟りを開き、このかけがいのない尊い人生を生きることの本当の意味を噛みしめる教えです。

悟りそのものは、言葉では説くことのできないものですから、自らが三昧に入って実地に体得するほかありません。坐禅は、調身(正しい姿勢をとる)・調息(呼吸をととのえる)・調心(心をととのえる)の三つが重要な基本となっています。

 禅の修行は、性別や年令を問わず、どなたでもできますが、本などを参考にして、各個人が、日常生活の中で坐禅を修することは、なかなか難しいので、先ず最寄りの禅会を訪ねて、正しい坐禅の仕方を学ぶことが大切です。

最初は、数息観(すうそくかん:呼吸を数えて心をととのえる法)を実習します。充分、数息観に習熟し、本格的に禅の修行をする決心ができたら、摂心会(せっしんえ:本格的な修行の会)に参加し、師家に入門することをおすすめします。

摂心会では、日課に従って、静中の工夫として坐禅を組んで数息観や公案の工夫を行い、また動中の工夫として作務(さむ:軽い作業を通して三味になる行)を行って道眼を磨き道力を養い、正しい人間形成を目指して修行します。そして、入門者は、修行によって得た自分の見解を師家に示して、その深浅邪正の判定を受けねばなりません。これを参禅といいます。

修行者は、このようにして養った得力(とくりき)を、各人の職場・家庭やボランティア活動などで発揮し、社会に貢献するよう努めています。

                             


人間禅名古屋支部摂心会が10/19〜10/22に行われます。社会人が本格の禅に触れることのできる貴重な機会です。


ご興味ある方は、是非お越し下さいませ。


名古屋支部(名古屋禅道場)会員一同、お待ち致しております。また、会員になって本格的に禅の修行をされたい方、大歓迎です!スタッフまでお気軽にお声がけ下さいませ。

                                                            

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https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/8103PNGpx2L.jpg
サンガジャパンにて「禅」の特集記事が組まれました。
その中で人間禅総裁 葆光庵丸川春潭総裁老師の談話が掲載されております。
 
人間禅は「在家の禅」として、通常、出家しないとできない「禅の修行」を、在家で仕事や社会の役割をもちながら、一定の期間に集まって「継続的に」修行を続ける仕組みをもっています。
愛知では名古屋市中小田井の善光寺別院願王寺にて、1019日から摂心会を開催します。
 
いまや、世界的に「心の在り方」を問われる時代、その中にあって「禅」が注目を集めています。
Amazonでもお買い求めできます。
是非一読くださいませ。
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人間形成の禅を相対樹・絶対樹で読み解く

相対樹・絶対樹と人類文化の発展


人類の文化経済は相対樹に属する科学的思考の世界と絶対樹(すべてが絶対界・精神世界に向かう)に属する宗教・諸道(技芸道・武道など)で成立発展してきていると考えられます。

そのルーツにおいて軌を一にしている二本の樹の動力源は三昧(三昧行すなわち心・精神)をその方法手段として共に内在しています。
 ただこの二本の樹の間には三昧の比重、方向性が異なるといえます。

 

三昧とはサンスクリット語―梵語Samadhiの音訳三摩地・三摩堤、とも、定・正定・等持・寂静とも訳されています。古来より心が統一され、安定した状態。心が専注された状態ですが、他の名詞について、三昧ザンマイと濁音化して一心不乱に事をする「読書三昧」などと使います、が、禅では単なる精神集中ではなく
 

さらに深く、集中の状態が継続され、同時に物我不二(自他不二)の智慧を内に含んでいるとされています。

つまりは釈尊の悟りである、自他の畔が切れた状態、ちっぽけな吾我を滅して大我として自己が蘇っているのです。

この三昧を我がものとして身につけるのがわれわれ人間形成の禅(在家の禅)です、実際には道力の養成と道眼を磨く両面の修行を実地に進めていくことになります。
 

道力を養うとは坐禅(数息観)を毎日継続して、畢竟数えて数えない道力絶大の境涯をめざします。古人は「坐禅は数息観に始まり、数息観に終わる。」と言っています。
 

このような坐禅と数息観は宗派性を超越した世界の、万人共通の心の鍛錬ツールともいえます。 


道力と道眼
 

道眼を磨くとは臨済禅の伝法の師家に参禅して、公案を手掛かりに、見性して道眼を開く(転迷開悟する)ことです。
 

見性するということは空を悟ることで、道教、儒教、キリスト教など諸宗教の根源にも通ずることです。
 

更に道眼を磨き、禅の修行の終わりを全うするために、臨済宗円覚寺派の法財200則の公案が人間禅には用意されています。


三昧と最新脳科学


 

一方坐禅を組んで数息観によって三昧に入ることについて、現代脳科学では、三昧とは関係のない一般の人々は日常的には大脳の状態は相対樹の世界にあり、頭頂連合野は活性であるとしています。

しかし三昧に入ると、頭頂葉が不活性になり、前頭葉が活性すると検証されています。
 

相対樹の世界と対象的な絶対樹の世界では各方面から絶対界(三昧)に向かうということは、前頭葉を活性化して、脳内物質セロトニン神経を賦活して、α波を発生させるということになります。


脳科学的にも平生のストレスに打ち勝ち、負のスパイラルに落ち込まないで現代を生き抜くには、日日の数息観による三昧力の向上は必須となります。
 

数息観の前期、中期、後期へと境涯(三昧境)を進展させてゆく目安には、「二念を継がないー坐禅中に蚊がブ‐ンと来ても、そのままにして次の念を継がない」「一念不生―坐禅していて蚊が来たという認識も生じない」「一心不乱―何か一行に打ち込む実践行」の進んだ段かい階梯があります。
 

また、三昧力向上について自己評価して、日日努力する、数息観評価評点表では公案の工夫三昧と数息三昧を各自総合的に自己評価していく、評価評点法も実施しています。


未来志向の僧伽とは?


 

人間形成の禅(人間禅)は相対樹の世界、絶対樹の世界の両面、自利、利他両輪を備えた未来志向の僧伽(そうぎゃ)でもあります。
 

円覚寺居士林の参禅会に参加したある早稲田大学の学生がいみじくも「円覚寺のお師家さんは理想の人格として人生の目標にはならないが、人間禅の社会人出身で、それぞれの専門分野での職業に従事してきたお師家さんに対してはそれが出来る。」と語っています。
 

維新の英傑の一人、山岡鉄舟居士は当時の岐阜高山代官、小野家に生まれ、長じて江戸に帰り、幕末維新三舟の一人、槍術指南で義兄高橋伊勢守泥舟の実家、山岡家の養子となり、京都の滴水和尚、鎌倉の今北洪川禅師に終生参禅、師事して、かたわら無刀流剣道を大成し、また官軍に対して江戸城無血開城を決する談判を一騎で行うなど、幕末の大業を果たし、維新後は明治天皇家の侍従を勤めるなど、又一方では在家禅の端緒となった「両忘会」を育み、廃仏毀釈の嵐の中では「儂独りでも背負って立とう」と在家禅者の気概を示してもいます。まさに相対、絶対樹を踏まえて生きた今なお色褪せない在家禅の先駆的達人といえる存在ではないでしょうか。
 

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