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ブログ - 20170227のエントリ

小川韶春です。

群馬の高崎座禅会の宮川剣岳居士が関わったテレビドラマ「新陰流 上泉伊勢守信綱 」が3月3日夜7時〜9時、BS朝日にて放映されます。
 
剣岳居士が剣術指導したとのこと。
 
剣岳居士と私は群馬で5年間一緒に新陰流の稽古と座禅会をした仲です。
 
撮影は群馬県内がほとんどということで、ぜひ多くの人に見て欲しいところです。
 
私は残念ながらBSを契約していない上、岐阜摂心会参加中なので、リアルタイムで見ることはできません。
 
多くの人に新陰流と群馬を知ってもらうためにも情報拡散をお願いします。
 
 
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「快楽の味は短くて苦痛である」禅道場の仏教講座②
  • 釈尊の誕生と出家まで
「お釈迦様ものがたり」によると、
釈尊は、約二千六百年前、インドに誕生された。
父を浄飯王、母はマーヤ夫人といい、住む城をカピラ城その国名をカピラエ国と言った。
ヒマラヤ山麓に位置したコーサラ国カピラヴァストゥ、ちょうど、千葉県程度の広さの国であり、決して大国ではなかった。
部族名を釈迦族と言い、釈尊はそこに君臨する国王夫妻の王子として生を受けられた。
久しく子供に恵まれなかった夫妻であるが、白象が体内に入る夢とともに懐妊した。
出産が近づき、居住するカピラ城から、行列を連ねて、
夫人の実家であるくり城に向かわれる途中、ルンビニー園という花園で休息し、そこに咲く、純白で香りの良い無憂樹が、余りに綺麗であったので、一枝、手折ろうとされたとき、急に産気を感じ、王子を出産されたのである。

             
  
ときに四月八日、百花繚乱の花園にちなんで、釈尊の誕生を祝う行事を「花まつり」と称するようになった。
そのままカピラ城に戻られたマーヤ夫人は、難産だったため、産後七日目にして逝去しておられる。


待望の太子に恵まれた浄飯王は、悉達多(ゴータマ・シッダルタ)太子と命名した。
その喜びから、占い師のアシダ仙人を招いて太子の将来を占わせた時、太子を一目見た仙人は、思わずホロホロと落涙した。
王は「不吉な涙を見せるとはけしからん」と激怒したが、仙人は言う。
「この太子さまは、ただ人ではありません。
王位を継承されれば、世界を治める転輪王となられましょう。
出家されれば、必ず、無上の悟りを開かれるでしょう。
どうもそちらになられるように感じますが、すでに余命のない私は、この方が,無上の悟りを開かれ、尊い教えを説かれるのを聞かずに死んでゆかねばならないのです。
それが残念なのです。」と。
 
  • 誕生(スッタニパータから)その二
 
スッタニパータは原始仏典の中で最古のものとされる、パーリ語で書かれた経典です、「経集」と訳されて、長短さまざまな経典を集めて5章にわけられています。
 
その中に、釈尊の後年の述懐として、次のような一節があります。
「「私はいとも快(こころよ)く、無上に快く、きわめて快くあった。
 わが父の邸には蓮池が設けられてあった。
・・・・わたしはこのように裕福できわめて快くあったけれども・・・・・自分こそ老いるのを免れないのに、老衰した他人を見ては悩み、恥じ、嫌悪するであろう____このことは私にとってふさわしくない、といって、私がこのように観察したとき、青年時における青年の意気はまったく消え失せてしまった。
・・・・・・病人、健康の意気・・・・死、・・・・生存の意気はまったく消え失せてしまった。」と。
 
この釈尊の述懐の意味するところは、前段で述べましたように、ゴータマ青年が生後7日で母親を亡くし、義母に育てられ子供のころから生存の悲しみをすでに知っていたからではないでしょうか。
 王族の一員として、優雅な暮らしに幼児期から慣れていたが、それは心からの幸せにつながらないことに気ずいていたなど、種々の条件が後年の発菩提心につながってゆくのだとおもわれます。
 考えさせられるのは、人はそれぞれの固有の因縁にもとずいていながら、その因縁、生育の環境がその人の思考、行動を生起させてゆくものだからです、これは3児の母としての20数年のささやかな私の体験からも思い知らされるところでもあります。
 そしてまた、澄んだ真直ぐな青年の心根(しんこん)、こころねで、避けたいこと、認めたくないことも正視して、避けない態度ですべてを受けとるように育ったゴータマこそ、そこに道は開けてゆくものだからです。
すべてのことを直視してゆく以外に道はひらけないのです。
ダンマタパにはこのような詩があります。
「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。__快楽の味は短くて苦痛である__と知るのが賢者である。」と。
 
註)ダンマタパ
ダンマタパ(法句経―Dhammpada,パーリ語―真理の言葉の意。原始仏典の一つ。パーリ語で書かれた全編423編の詩。仏典の要義を約説している)
 
(慧日庵老禅子の擇木道場仏教講座より引用)




慧日庵笠倉玉渓老禅子
 
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第6回三重四日市禅会参禅会のご報告
 
太玄です。!!

第6回三重四日市禅会参禅会が2月26日(日)、四日市諏訪町、四日市総合会館8階和室で人間禅師家金剛庵要道老師を拝請して、午前9時〜午後16時30分の時間設定で行われました。内容は坐禅、数息観講習、参禅、呈茶、茶話会、で前回の記録的降雪の天候と異なり、平年並みの穏やかな小春日よりとなり、北の方角に雪を頂く養老山地を望む8階和室で厳しい静寂と和気あいあいの交叉する中でなごやに終了しました。前回の四日市ときわ水曜坐禅会に入会された三重大学医学部学生の大川さんが海外短期研修中で、帰国される次回の会がお楽しみです。
 参加者は津市久居の熊谷竜安居士、小川韶春四日市ときわ水曜坐禅会長、田中太玄三重四日市禅会長、谷津真道岐阜洞戸坐禅道場長でした。
次回第7回は3月12日(日)です。初心の方大歓迎


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