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ブログ - 20170214のエントリ

「節は肥甘より喪ふなり」宗演禅師菜根譚講話(十一)

藜口莧腸(れいこうけんちょう)の者は、氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ)多し。
袞衣玉食者(こんいぎょくしょく)の者は、婢膝奴顔(ひしつどがん)を甘んず。
 蓋(けだ)し志(こころざ)しは澹泊(たんぱく)を以(も)って明(あき)らかに。
而(しこう)して節(せつ)は肥甘(ひかん)より喪(うしな)ふなり。
 
 
藜(れい)は日本では「アカザ」という草。
この葉は昔から羹(あつもの)にして食べている。
莧(けん)は和名(ヒエ)という野菜で、これも吸い物にしている。
 袞衣(こんい)というのは中国の天子の礼服で、玉食(ぎょくしょく)は食物の美味であること。
 玉(ぎょく)の字は美(味)なること。
 藜口莧腸(れいこうけんちょう)、とは粗食している貧窮下賤(ひんきゅうげせん)の者は心が清浄潔白、玉の如き者が多いが、 袞衣玉食(こんいぎょくしょく)、つまり、美衣美食(びいびしょく)して、腹を肥(こ)やして身を飾っている貴人富豪(きじんふごう)の徒輩(とはい)には、かえって、婢膝奴顔(ひしつどがん)に甘んじている心の穢(きたな)い者が多い。
婢膝奴顔(ひしつどがん)とは、婢(ひ)は下女(げじょ)、奴(ぬ)は下男(げなん)、下女が膝を折って主婦の前で頭を下げ、下男が顔色(がんしょく)をやわらげて主人に追従(ついしょうーお追従を言う)することである。
というのが、「志(こころざし)は澹泊(たんぱく)を以(も)って明(あき)らかに、節(せつ)は肥甘(ひかん)より喪(うしな)ふ」で、人の志操(しそう)が澹泊(たんぱく)であって、名聞利欲(みょうもんりよく)の念が無ければ、頭を下げて他人に求める必要はなく、自然に心が氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ)であるが、その人の志操(しそう)が澹泊(たんぱく)でなく、美衣美食(びいびしょく)を求める念が盛んで旺盛だと、気節(きせつー気位と節度)は自然と消亡(しょうもうー消耗)してしまうからである。
澹泊(たんぱく)は淡泊と同じで、「あっさり」して欲が少ないこと。
「澹泊(たんぱく)以て明(あき)らか。」の「明(あき)らか」は、玲瓏透徹(れいろうとうてつ)、つまり、清潔(せいけつ)ということ。
肥甘(ひかん)の肥(ひ)は肥(こ)えた肉、甘(かん)は甘い食物。
肥甘(ひかん)は美食美味(びしょくびみ)。

(岐阜洞戸坐禅道場図書室)



藜(アカザ)

インドあるいは中国が原産地といわれている。日本へは古くに渡来し、食用として栽培され、今では各地の畑や荒れ地に生育している。「シロザ」の変種、若葉の表面が紅紫色、粉状毛に被れ、8月から10月ごろ、葉腋から穂状花序をだして黄緑色の花を咲かせる。茎は軽くて丈夫なため「アカザの杖」として利用されてきた。



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