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ブログ - 201611のエントリ

真道です!

ふと気づけばもう11月も終わりです。
朝晩はすっかり秋の気配になり、いよいよ年末12月がそこまで来ています。

平成28年も最終月ですね。
そんな一年の総決算に、一度「スッキリと頭をリセット」してみませんか?

一般社会人のための禅道場、人間禅名古屋道場では11月30日(水)から12月4日(日)まで、豊橋摂心会を開催いたします。

1日数時間から参加することが可能ですので、お気軽にお問い合わせくださいませ。

詳細確認とお申し込みは下記URLからどうぞ!

http://nagoyazen.ningenzen.jp/modules/eguide/event.php?eid=131&sub=3814#form





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こんにちは!!巨巌です。

今週もサンポー早朝坐禅会報告です。本日の担当は FF事業部(西濃)と環境衛生事業部です。参加者7名。
最近は風邪がはやっており、サンポーも例外ではありません。
いつもどおり、般若心経を読経してから坐禅に入りました。途中、土屋君が座相の注意を受けました。しかも少し眠りそうになっていました・・・
本日の感想は
秋葉さん(FF) お蔭で朝から爽快な気分になれました。来月の担当月は、FFから一人でも多くのメンバーに参加してもらえるようにはっぱかけます努力します。
 土屋さん     途中で、落ちそう(眠る)になりましたが、これも修行の一環なんですね。しっかりと数息観ができるように今後も精進します。
 佐々木幽峰    土屋さんは、とても有望なので毎週参加させて、修行をさせます!!
 
来週は12/6(火) 担当は FB事業部です。

今週の般若心経注解です。

般若心経、第二段;舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是(やくぶにょぜ)。

(シャーリープッタ{舎利弗}よ、色は空とは異ならず、空は色と異ならず、受想行識もまた同じ如く空である。)

受想行識(じゅそうぎょうしきー五感に外界からさまざまな刺激を受け入れたり、内面の心の状態)と色(しきー物質、形あるもの)そのものの存在には問題はないのですが、それらから派生する人間の心の汚れ、迷い、即ち五蘊(ごうん)に問題があるのです。蘊(うん)とは積み重なった汚染や迷いのことで、五蘊とは五種類に分けられる迷いのことです。以下五蘊の実態です。

色蘊(しきうんー形あるものや肉体に対する迷い)
受蘊(じゅうんー外の世界から心内に入ってくる、形や色彩、物やすべての刺激によって心迷わすこと、ものや人に対して先入観や色メガネで見てしまう心のゆがみ、心が本来の姿である明鏡止水の状態になっていないこと、心の鏡がでこぼこになっているか、傷がついている状態)、

想蘊(そううんー想像粉飛して時に蜂の巣を突いたように自分でも収拾がつかなくなる、時として意馬心猿の如く駆け回り騒ぐ落着きのないやっかいな心根、感情的になりキレたり、ほおっておくと、愛河の水を滔々と漲(みなぎ)らせ自他共に押し流し、傷つけてしまう。)

行蘊(ぎょううんー潜在意識のなか、又無意識に、時に病葉のように意識の片鱗として浮かび上がってくる、過ぎ去った過去に対していつまでもくよくよとこだわり、悔やんでいるかすかな念慮、まだ来ない未来への不安がもやもやと心中深く、川のようにとめどなく流れている、また蓮根の糸のように、きっぱりと断ち切ろうとしてもなかなか割り切れないしつこい迷い、執着して、他人には見えないが、自分にとっては細やかでやっかいな念想、蜘蛛の糸のようにいつまでもあとを引きずっている。)
識蘊(しきうんー人が生きている限りチラチラと心王識の奥底から湧いてくる微細な念)

以上のような五蘊を脚(きゃく) 実地に空ずるには坐禅と数息観の実習、さらに進んで臨済禅の法灯を受け継ぐ人間禅の正師に参禅するのが近道です。
 
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「芭蕉の亡命」禅者芭蕉読本⑤

寛文六年(1666年)四月二十五日、宗房(芭蕉)の主君良忠(俳号蝉吟)は僅かに二十五歳で没した。
武家のならいとして一日も当主を欠くことはできないので、蝉吟の死後はその弟良重が後を継ぐことになり、良忠の未亡人小鍋があらためて良重の室となった。
 良重は十八歳、小鍋は二十二歳であった。
芭蕉がそのまま藤堂家にとどまれば、良重に仕えなければならない、しかし、芭蕉にはもともと二君に仕える志はなかったので、致仕を乞うたが、許されなかったので、遂に密かに主家を逃れ去ったと後の数書が伝えている。
 古文書によれば、藤堂家では当時から芭蕉を脱走者として取り扱っっていたようで、後の数書もそのよう記述している。
一方、芭蕉亡命説の原因には、伊賀に伝わる伝説として、芭蕉の後半生に現れる同郷の壽貞尼との関係以外の恋愛事件も伝わっている。
 亡命が高野山から帰った直後か、致仕を乞うて、許されなかった為だったのかも残された資料からは判然としない。
 主君から寵愛を得た近侍の臣下が、主人の死を追う殉死、つまり追い腹を切ることは武士道の一つとして、江戸初頭期まで行われていたが、寛文三年には殉死の禁がすでに出されていた。
 やはり芭蕉亡命の真相は二君に仕えることを潔しとしなかった心情にあると考えられる。
 主君蝉吟の未亡人がそのまゝ良重の室となることも、一家の安定を計る上から止むを得ないことであったろうが、蝉吟の恩顧を思う時、快い筈がなかったし、  
良重の従前からの近侍の臣との軋轢も予想されたこともあり面白くなかったとも推察される。
こうした事情のもとで、再び出仕することは、どうしても心に満足がいかなかった、しかも致仕の願いは聞き入れられない。
遂に、主家に無断で出奔に至ったというのが真相のようである。



芭蕉の実家(伊賀市赤坂町)

だから芭蕉は出家遁走するわけでもなかったのであろう、実際脱走者でありながら、後に度々郷里に来往し、藤堂家にも出入りしている。
このことから類推されるのは、亡命の理由が芭蕉の不徳義からではなく、私情からはむしろ赦されるものであったのだろう。ただひと度脱走者としての取り扱いを受けた以上は、芭蕉側では表向きは憚れることであったが、内実、藤堂家からの咎めだてはなかったようである。
亡命するにr臨んで、隣家の同僚である城孫太夫という武家の門前に、
雲と隔つ友かや雁の生きわかれ
という短冊を残して去ったという。
が、これには異説もあって、手紙が投げ込んであったといい、戸口に短冊を貼りつけたといい、門の戸に直接書いてあったとも伝えられている。
 城孫太夫は藤堂良精の家臣で、鷹司の役を勤めていたらしく、寛文七年十一月二日に没した人である。
芭蕉はこの人と親しい関係にあったでろうが、当時の城内の事情から、芭蕉がこの人の隣家に住んでいたという通説は疑いのあるところであり、寛文六年、蝉吟が没した年の秋とされているが、句は雁の生き別れで、春季の作である、したがい、この通説はそのままは信じられない。
 芭蕉が蝉吟死没後、寛文十二年、子の春二十九歳の時仕官を辞して、甚七と名をあらため東武に赴く際、友たちの許(もと)へ留別して、
 雲と隔つ友に雁の生別れ
とあり、句を残した事情も、全く通説と異なる「芭蕉翁全伝」の記述があり、季語から考えても穏当といわれている。

(三重四日市禅会俳句部)

参考文献 「芭蕉翁全伝」 路通「芭蕉翁行状記」 穎原退蔵著「芭蕉」 「伊賀寶録」「芭蕉翁正伝」
 
 
 
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    第118回岐阜摂心会(坐禅会)のご報告、直日日誌より

会期;平成28年11月17日(木)20時結制 21日(月)12時円了
結制;平成28年11月17日(木)晴れ 気温17度 18時;集合、HPから参加予定のOKさん、OSさんが風邪で欠席通知。20時;結制茶礼;参加者・・・真道、竜泉、竜安、円穹、正覚、黙雷、真道、竜安
第1日目;平成28年11月18日(金)晴れ 気温14度 起床後、竜安下山。 静坐・・・真道 10時ごろ雲舟入山。11時、本日特別作務―岐阜賛助会員職場訪問出発。参加者、老師、真道、雲舟、訪問先、安八―一峰居士宅、虎丘居士、有蘭禅子職場。15時帰庵、竜安入山。19時竜泉入山。


提唱;真道、竜安、竜泉、雲舟 講本;碧巖集第10則 大死活時・「大死一番、絶後に再蘇」が禅の定石、一々が関門である、200則の公案は全て1則1則別解脱で工夫すべし。日常の現成公案もこのように透過してゆくのが禅者の行履(あんり)である。
趙州曰く、大死底の人、活するとき時如何?(工夫が純熟して、大死一番したら、次にどのように工夫すべきか?) 投子曰く、夜行を許さず、明に投じて須らく到るべし。(夜道は危険だから、明るくなってから行きなされ)

 講後参禅・・真道、竜安、竜泉、雲舟 参禅後、竜泉、雲舟下山 開枕・・・真道、竜安
第二日目;平成28年11月19日(土) 雨 気温16度 起床後、竜泉が入山。静坐・参禅・・・真道、竜安、竜泉 参禅後、竜泉が下山。8時ごろ巨巌が入山
午前作務・・・真道(典座)、竜安(隠寮清掃)、巨巌(堂内清掃)巨巌が老師に相見後、下山 10時に錦繍が入山。静坐・参禅・・・真道、竜安、錦繍
14時太玄入山。午後作務・・・真道(典座)、竜安(侍者)、錦繍(侍者手伝い、典座手伝い)、太玄(堂内清掃、ストーブメンテ) 静坐・参禅・・・真道、竜安、錦繍、太玄 提唱聴聞者・・・真道、竜安、太玄、韶春、大剣


講本;碧巖集 第11則 趙州三転「趙州云く、金仏爈(ろ)を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず」
禅は偶像崇拝ではない。或る時、黄檗山の仏前でしきりに大展礼拝している和尚に首座が問いを発した。、「和尚、礼拝して何をか求めん?」
すると、黄檗希運禅師が云われた、「我、仏について求めず、法について求めず、僧について求めず、しかも、礼拝することかくの如し」と言って依然として礼拝を続けられた。という。われわれは、各自の仏性、本心本性を礼拝するのである。
われわれ禅者がお互いに、日常、合掌し合う、いわゆる合掌運動を提唱する合掌の精神も同じことなのである。


講後、支部会議・・・真道、竜安、太玄、玄信、韶春、大剣●岐阜洞戸坐禅道場の維持費については、今年度に限り、会費とは別途に一般募金せざるを得ないか。例、耕雲会費。
岐阜県関市洞戸大野、秋色岐阜洞戸坐禅道場全景、中、洞戸大野、少林山見性寺裏庭と山門のもみじ、下、道場隠寮茶庭
  • 来年早々の摂心会については、1月に船戸クリニック断食坐禅会が入ったので、第119回を1月25日(水)から29日、第120回を3月1日(水)から5日(日)で予定する。
  • 蝋八徹宵坐禅会(参禅会)は12月28日(水)29日(木)で。
  • 1月7日(土)8日(日)でオール東海新年互礼会が名古屋市中小田井、善光寺別院願王寺明光閣で参禅会として開催される予定。
  • 三重モラロジー会館をお借りして参禅会を行う計画については、太玄さんからモラロジーの方へ連絡を取っている最中で、最終的な決定はもうしばらく後になる。
  • 12月11(日)三重四日市参禅会を行うので、できる限り参加いただきたい。
  • 11月30日(水)から12月4日(日)まで金西寺にて「名古屋合同豊橋摂心会」が開催されますので、万障繰り合わせて参加願います。
会議後、韶春下山。開枕・・・真道、竜安、太玄、玄信、大剣
第三日目;平成28年11月20日(日)曇り 気温17度 静坐・参禅・・・真道、竜安、玄信、太玄、大剣
お茶席・・・お点前 大剣  正客、竜安、玄信、太玄
午前作務・・・真道(典座・事務)、竜安(侍者)、玄信(典座清掃)、太玄(堂内清掃) 作務後、玄信下山。大通入山。静坐・参禅・・・真道、竜安、太玄、大通 参禅後、太玄下山。午後、巨巌入山。午後作務・・・真道(典座・事務)、竜安(侍者)、巨巌(堂内清掃)、大通(居士量、トイレ、風呂清掃) 韶春入山。16時;静坐・17時;参禅・・・真道、竜安、巨巌、大通、韶春。 参禅後、大通、韶春下山。
18時;懇親会・俳句会・・・真道、竜安、巨巌、雲舟、芳光、熊谷日向子、熊谷聖羅

<俳句会>

参考句(幽石居士二句)

 我ここに 今かく在りぬ 日向ぼこ 
 倒木を またぐ間も 落ち葉ふる

(松尾芭蕉 二句)

 馬をさへながむる雪のあした哉
 野ざらしを こゝろに風のしむ身かな
5点句
はっぱがね こうようになる 秋になる   熊谷日向子
4点句
ひとしきり坐る彼方にオニヤンマ         真道(二句)
名月を凌ぐぞ今夜はスーパームーン   
2点句
霧煽る紅葉彩りスーパームーン       玄信
猿の群れ田んぼを借りて運動会       巨巌
鹿親子紅葉探して歩むかな           玄信
芋を掘る輪中の里のやもおかな        要道
すみわたる天(そら)と同じくモネの池      巨巌
1点句
夕暮れの風に泳ぐやススキの穂       真道
木・金・土 三連チャンの休肝日          竜安
各々の好みで焼きからお好み焼き      雲舟(二句)
冬が来た?参禅したら風邪ひいた    
雨降り外眺むれば洞戸秋          竜安
見上げれば山の合間にイワシ雲      真道
無双句
時雨忌や大野の塚に傘二つ         要道
天高し心も晴れ晴れ散歩道         巨巌
菊日和去りゆく人の頬に泥          要道(二句)
安八の刈田の中の菊日和 

佐渡見むんと来しが霙の「朱鷺メッセ」   平井峰生(禅誌52より二句)
鈍行にゆられて伊豆のみかん園       玄妙

懇親会後、雲舟下山。開枕・・・真道、竜安、巨巌、芳光、熊谷日向子、熊谷聖羅
第四日目;平成28年11月21日(月)円了日 曇り 気温16度。起床後、竜安、巨巌下山。6時ごろ、円穹入山。10時、30分;静坐11時;参禅・・・真道、円穹。芳光 午前作務・・・真道(典座・事務)、円穹(侍者、居士寮清掃、更衣室清掃)、芳光(禅子寮清掃・トイレ清掃・洗面清掃)

円了茶礼・・・真道、円穹、黙雷、芳光、熊谷日向子、熊谷聖羅
(岐阜一円へ発信する岐阜洞戸坐禅道場として、今後も地元からのご支援をいただいて、道場静坐会、HPなどで地道に活動を広げて行こうと、役位相見を通して担当師家の金剛庵要道老師より垂示があった)。
 
次回は12月28日(水)、29日(木)の蝋八徹宵坐禅会(参禅会)です。初心の皆様の奮ってのご参加をお待ちしております。(岐阜洞戸坐禅道場広報部)
 
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  第118回岐阜洞戸坐禅道場摂心会(坐禅会) 結制茶礼垂示
2016.11.17
岐阜洞戸坐禅道場にて  人間禅岐阜支部担当師家 金剛庵粕谷要道老師

                                            筆記文責 待者 小野円穹 
人間禅岐阜支部として独立して今回、8回目の摂心会であります、
旧東海支部の東海坐禅道場は岐阜洞戸坐禅道場と改名して現在岐阜支部の拠点であります。
人間禅も再来年には70周年を迎えますが、現在の人間禅の方針として各県に拠点、支部創設を宿願としています。
支部である以上は15名以上の会員確保は当支部でも当面の目標であります。
全国でもこの人数を保持している支部は数えるほどしかないのですが、人間禅の各県単位の拠点づくりでは目覚ましい発展を遂げております。
その意味でも東海地区は東海三県に拠点が揃って確立したのですから、東海ブロックは全国でも先進地域であり、かつ、岐阜支部は自前の道場を持ち、歴史的、文化的にもまた、人間禅の拠点としても、恵まれた環境と条件を備えている地域だと思います。
その点個人的にも社会的にも自覚を持っていただきたいものです。
つまりは自利利他の願輪を廻らして本当の人生を味わいつつ、世界楽土を建設するのを目的とする、につきるのですが、また初心にかえる意味でも、一日一炷香、一輔教師一静坐会の合言葉をあえて結制茶礼に申し上げたいと思います。
へいぜい、禅者の心構えとして、少なくとも一日一回は坐らないと、摂心会(参禅会)の際の参禅がうわすべりになるだけでなく、仕事に向かう意欲、ひいては生きる意欲さえ湧いてきません。
また、道人として嫌な言葉ですが、在家の禅でもありますので、あえて言いますが「折角の参禅」の機会をみすみす失うということは、真の費用対効果も実は出ないのであります。
とにかく、常に 初心に還ってフレッシュにチャレンジしていきたいものです。
 
 
 
 
 
第118回岐阜洞戸坐禅道場摂心会(坐禅会) 円了茶礼垂示
2016.11.21
岐阜洞戸坐禅道場にて

岐阜支部第118回摂心会は、今年3回目で今年最後の摂心会(坐禅会)でありました。
久しぶりに船戸名誉会員様の入山や熱心な11名の地元会員の皆様、名古屋禅道場からは遠藤大剣居士、三重四日市禅会からは田中太玄会長、小川韶春四日市ときわ水曜静坐会長、熊谷竜安居士、熊谷芳光禅子他2名の参加もあって、紅葉真っ只中の岐阜洞戸坐禅道場におきまして17日(木)より21日(月)にかけて短期ながら、活気あふれる中に、厳しく正令当行し、本日ここに無魔円了出来ましたことを嬉しく思います。
ただ、堂外の作務が一部残りましたが、参加された方々はよく各自の持ち分を果たされたので、自利の上でもそれなりの成果があったことと思います。
大きく打てば大きく響くが修行の鉄則であります。
それぞれ本年の有終の美が飾れたのではないでしょうか。
新年は久しぶりにオール東海での新年互礼会が中小田井、願王寺、名古屋禅道場で予定されております。岐阜地域の在家の禅を各自が背おって立つ気概をもって、是非、岐阜支部会員の方がた、こぞって参加して、同じ釜の飯を喰う東海地区の仲間として、オール東海のあり方を考えていきたいものです。
そして、更に来年に向かってお互いの結束をかため、新らしい年の門出に向かうことにいたしましょう。  
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名古屋禅道場より駆けつけ支援、参加の遠藤大剣居士による、朝のお茶席での人間禅有楽流お点前、中、関市洞戸大野、少林山見性寺の銀杏、もみじの紅葉、下、岐阜洞戸坐禅道場茶庭のどうだん躑躅、床の茶花は南天の枝とエニシダ。


 巨巌です!!


 先日までの岐阜洞戸摂心会(坐禅会) ご指導ありがとうございました。
今週のサンポーコーポレーション早朝火曜坐禅会 報告です。
今回は参加者が少なく7名でした。
西岐阜そうもく園の坐禅会 本日は夜,
会社の行事があるため参加できなくなりました。
また来週以降で参加してきます,
ご報告乞うご期待!!♥♥♥
 


今週も、サンポー早朝坐禅 開催です。
今週の担当は FF岐阜エリア、シニアフィットネスさんです。
いつもどおり、般若心経を読経してから静座にはいります。
右奥は服部錦繍居士です。
本日の参加者
・中村真情会長、服部錦繍居士、佐々木幽峰居士、伊藤岐山居士、石見陽祐さん、
加藤喜基さん、三宅巨巌です。今回の参加者は7名です。
皆さん真剣に坐禅三昧中。
しかし、右奥 錦繍居士。→      
適度に揺れています・・・
法界定印の親指が離れている!!
みんなすばらしい座相です。
錦繍居士: 心を静めて、自分と向き合えました。この坐禅のおかげで、今日の仕事の出来はバッチリです!?
幽峰居士: いつもは、助警なので、今日のようにじっくりと坐ることができて大変いい時間でした。仕事の段取りもばっちりです!!(切り捨ててないな!!)
この後、真向法を行い、アンティークのパンとコーヒーを美味しくいただきました。
来週は FF西濃・環境衛生事業部です。
 
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「見性し得た人」真妄(しんぼう)不二とは?宗演禅師菜根譚講話(九)
 
 夜深く人静かなる時、独り坐して心を観ずれば、始めて妄(ぼう)窮(きわ)まりて真(しん)ひとり露(あら)わるゝを覚ゆ。
 毎(つね)に此中(このうち)に於(おい)て大機趣(だいきしゅ)を得(う)。
すでに真(しん)現じて妄(ぼう)の逃(のが)れ難(がた)きを覚(おぼ)ゆれば、又た此中(このうち)に於(おい)て大慚忸(だいざんじく)を得(う)。
 
 
 世間の人は、皆、寝静まって、万籟寂(ばんらいせき)たる夜中(半)に、独(ひと)り坐(ざ)して自己の心を観(かん)ずると、始めて、妄心(ぼうしん)が消え去って、独(ひと)り真心(しんしん)が露(あらわ)れて来るのを覚(おぼ)える。
此の真心(しんしん)が一度(ひとたび)現(あら)われて来ると、名月が大空(たいくう)に耀(かがや)いて、八面玲瓏(はちめんれいろう)、十方通暢(つうちょうー通貫)というありさまで、応用自在(おうようじざい)の機用(きゆうーはたらき)が生(しょう)じてくる。
これを、「毎(つね)に此中(このうち)に於(おい)て大機諏(だいきしゅ)を得(う)」と謂(い)ったのである。
ところで、此の真心(しんしん)は,このように、実に結構なものではあるが、しかしながら、妄心(ぼうしん)の容易に除きがたいことを思うと、「又此中(またこのうち)に於(おい)て大慚忸(だいざんじく)を得(う)」で、全く恥じ入った次第である。
慚(ざん)も忸(じく)「はじる」とも訓(よ)む字である。
さて、ここで言う妄心(ぼうしん)とか真心(しんしん)とか言うものは本来、如何なるものなのか?
真心(しんしん)とは、かの大空(たいくう)に懸(かか)った名月(めいげつ)が、皎々(こうこう)として一点の雲翳(うんえい)なきに比(ひ)すべきものである。
妄心(ぼうしん)は此の明月を掩(おお)い隠(かく)す雲霧(うんむ)のようなものである。
 
 
 
 三重四日市のスーパームーン、右、長良川上支流板取川(関市洞戸栗原、縄文遺跡付近)
 
 
だからといって、妄心(ぼうしん)と真心(しんしん)との関係が、月と雲の如き、全然別物の関係に立つものと思うとこれは大きな間違いである。
これは分かりやすいように仮に譬(たと)えを設けて話したまでで、実は真妄不二(しんぼうふに)で、決して二つに離す事の出来るものではないのである。
あたかも水と波の関係ともいうべきもの。
深い淵(ふち)の水が鏡のように澄んで、森羅万象(しんらばんしょう)を悉(ことごと)く印映(いんえい)するときが真心(しんしん)である。
大海に風が起こり、波が立ち、大船巨舶(たいせんきょはくー大きな船)を覆(くつがえ)すといったときが妄心(ぼうしん)である。
聖人の心は常に潭水(たんすい)の波なきが如くであるが、凡夫(ぼんぷ)の心は、兎角(とかく)、外界の事物に対して妄動(もうどうー盲動)し易(やす)く、それがために清浄潔白(せいじょうけっぱく)の本心を失ってしまう。
あくまで、真妄不二(しんぼうふに)で、真心(しんしん)を離れて妄心(ぼうしん)なく、水を離れて波は無いのである。
古人も言っているように、「無明(むみょう)の実性(じっそう)即(すなわ)ち仏性(ぶっしょう)」である。
白隠和尚の坐禅和讃にも「衆生(しゅじょう)、本来(ほんらい)、仏なり。
水と氷の如(ごと)くにて、水を離れて氷なく、衆生(しゅじょう)の外(ほか)に仏なし」とある。
ここの妙旨(みょうし)を会得(えとく)した人を悟(さと)り得(え)た人とも見性(けんしょう)し得(え)た人とも謂(い)うのである。

(文責 三重四日市禅会IT部,櫻井美鈴)
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「柔軟心(にゅうなんしん)」とは?坐禅と最新脳科学⑭
 
 道元禅師が宋から帰朝された時、ある人が「道元さん、あなたは中国まで行って、何を学んでこられたのですか」と尋ねました。
 それに対して禅師は「別に何ということもない。只、柔軟心(にゅうなんしん)を得た」と答えられたということです。
 また日本曹洞宗の開祖でもある道元禅師の『普勧坐禅儀』には、身心脱落(しんじんだつらく)のときに本来の面目が現前すると説かれていますし、『宝慶記』には道元禅師の師匠である中国、天童山の如浄禅師が、身心脱落とは柔軟心(にゅうなんしん)のことだとも説かれています。
坐禅の修行は平生の生活で自分の心を自分の手足のように自由自在に使いこなし、平生を軽快に過ごす、そのために柔軟な心を養うものだとの受け取り方は一般的になってきているとおもわれます。
ただ、ここで、禅でいう柔軟心(にゅうなんしん)はじゅうなんしんとはよまないで、「にゅうなん」と読み癖しているようにその内容が単に剛に対する柔でなく、質的に次元の違うことを強調しています。



中国浙江省寧波、天童山(太白山)、天童禅寺と道元禅師の師匠(長翁)如浄禅師像

いずれにしましても、現実には私たちが毎日生活し、社会的に職業に従事していく中で、自分の思い通りに行かない状況、あるいは、計画通りに事が進まない状況に絶えず直面しています。
その場合、状況を現実的に判断して、自己の行動を状況に合わせて柔軟に切り替えて、生活していく必要があります。
このとき、脳科学的にいえば、前頭前野の腹外側部に、ウソをつく時に賦活される領域があります。
実は、この領域が何かによって障害されると、保続性といって、切りかえる能力がなくなります。
つまり、この心や気持ちを切りかえる能力を発揮するのが前頭前野の腹外側部の役目であるのです。
セロトニン神経はここに作用して、その働きをスムーズに発現させるように補助するのです。
これがうまく働かなくなると、自殺やキレる状態を作ると有田教授も結論づけておられます。
古来より禅門でいう「坐禅は柔軟心を養う」との意味は、脳科学的にこの回路が特に強く賦活される状態といえるのです。
大脳の働き以外に、セロトニン神経は様々な機能にかかわり、その一つが鎮痛作用だといわれています。
セロトニン神経が活性化されると内因性の痛覚抑制作用が増強されて、鎮痛効果があらわれます。
解りやすく言えば、セロトニン神経が脳と脊髄に分泌されて、痛覚伝導を抑制して、痛みを抑えることになります。
坐禅や数息観、呼吸法、読経など坐禅会の日課、我々人間禅の勧める一日一炷香の行持を励行することがセロトニンの分泌量を増やすことになるのです。
それは単に我慢強くなるということではなく、痛みをあまり強く感じなくなるだけです。
行者が火の上を歩いたり、寒中、滝に打たれたりする行為は、必ずしも我慢強さによるものではなく、このようなセロトニンの鎮痛作用によるものと考えられます。
 
 
 
(西岐阜静坐会主宰、前岐阜洞戸坐禅道場長、日本中医薬会会員 葛西松堂 講演より)
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秋日和、茶禅一味(いちみ)とは?⑧表千家・薄茶席 留護寮和室席 表千家五葉会 古田宗絢

 私が師事し、心から尊敬し信頼しております管田宗匠が、表千家お家元より一華庵(禅語「一華五葉開く」ーより)の名を戴いておられますので、宗匠のご指導をしっかり社中達に伝えて行こうと、単純にまた厚かましく五葉会を名乗っています。
 同県人(岐阜県出身)の原三渓翁の遺された横浜「三溪園」で呈茶をしておりまして、学生サークル中央大学八王子キャンパス初代五葉会会長の人間禅居士、岐阜在住の林大道先生の御来園に際し、戦前の中央大学教授立田鉄二先生こと、人間禅創立者立田英山老大師の人間禅とのまたとない蝦夷を賜り、この歳まで何も知らなかった事よと思います。
茶の稽古は、とかく点前のあれこれに終わりがちですが、この会ある事を知り、あらためて今まで不勉強でした分、長生きして茶禅一味の道の究極を目指して励みたいと思います。

               
久居の白菊と備前焼(HP備前焼より)         
会記
 掛 物  行亦禅 坐亦禅 大徳寺156世 江月宗玩
 花 入  鶴耳亀甲筒 而妙斎箱書付 九代大樋長左衛門作
 花    菊、おみなえし、ピラカンサス
 香 合  桃蒔絵 尋牛斎箱書付 鈴木光入作
      即中斉好雲性は紹巴 友湖作
 釜    切合釜 享保年時代 五郎左衛門作
      立山鳥地紋 十三代浄長 極 当代清右衛門極
 棚    秋田春慶小卓 惺斎箱書付
 水 指  黄交趾 瓢形 惺斎箱書付 妙全作
 茶 器  コマ棗 即中斎箱書付 利斎作
  替   御深井焼 名古屋城御庭焼
茶 碗  弘入赤樂数印 而妙斎箱書付 銘 五葉
 替   扇面の絵 惺斎箱書付 宮川香山作
 替   釘形五彩雲龍紋 青木木米作
茶 杓  榊 惺斎箱書付 小兵衛作
 建水  トルコ純銀鉢 而妙御惺斎箱書付
 蓋置  松竹梅象嵌  而妙御惺斎箱書付 浄益作
菓 子  相模路 松埜製
 器   祥瑞唐草紋 徳泉作
御 茶  福寿の昔 浜田園詰
莨 盆  時代
 
                 


戦国時代の徳川方武将で、織部焼の創始者、利休七哲の一人現岐阜県本巣市出身、古田織部制作と伝えられる茶室、躙り口と蹲(名古屋市西区で復元されたもの)、下、岐阜洞戸坐禅道場茶室で表千家お点前を披露する和歌山出身のサンポ―参禅会、三重四日市禅会の衣笠舜陽居士。 (本文は「茶禅一味記念茶会」よりー岐阜洞戸坐禅道場茶道部 ) 
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しんちゃんの少女時代

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2016/11/12 10:39
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