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ブログ - 201610のエントリ


「法に対して礼拝せずにはいられない」在家の禅「勝鬘経の世界」⑩
 
勝鬘及びその眷属(けんぞく)は、頭面をもって(御)足(みあし)に接して礼し、咸(ことごとく)清浄の心を以って、仏の実の功徳を歎じたてまつりき。
 
 仏に相見できた感激と感謝をこめて夫人は恭しく仏を礼拝しました。
 足に接して礼すというのはインドの一番叮重な敬礼のことで「接足礼(せっそくらい)」といわれています。
 この接足礼について聖徳太子は「仏祖の前に行って礼拝したのではない」と注意されているように、自ら悟り得た仏性に対して礼拝したのです。
 いいかえると、自己本具の仏法に対する接足礼だということです。
 誰でも見性した時は「こんなに素晴らしいものがあったのか」と感嘆し、法に対して礼拝せずにはいられないのです。
以上が、勝鬘夫人が両親の手紙に接して入信し、大乗の法門に帰依していった様子が述べられています。
経典は実に簡潔な文章ですが、よく味わって夫人の人となりをみていかなければなりません。
聖徳太子の義疏によると、ここまでが経典の序文とされていて、次の歎仏真実功徳章から正宗分になっています。
お経は普通の場合、序文・正宗分・流痛分(るつうぶん)からなっていて、序文では経典成立のいきさつがのべられています。
勝鬘経ではこのあと大乗に帰依し、大法を悟った勝鬘夫人が大乗の修行について獅子吼されるのですが、両親の手紙を見ただけで仏法の奥底に到達出来るとは思えません、ながい年月にわたって修行に修行を重ねられた結果、大法をわがものにされたに相違ないのです。
さいわいこのころお釈迦さまは父王のおられるコサラ国の舎衛城に滞在して仏法を広めておられました。
説法された場所を祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)といっていますが、この精舎は金持ちの須達(すだつ)長者という方が仏祖(お釈迦さま)のために提供したものでした。
須達長者は慈悲深い人で孤児や老人のために私財を投じて多くの人を救済していたので、人呼んで、「給孤独(ぎっこどく)長者といっていました。




上、路傍のマンゴー樹林、お釈迦さまはこのような木陰でもしばしば法を説かれたという。中、コーサラ国、舎衛城塁壁跡、下、祇園精舎跡地,右、コーサラ国(現・マヘ―ト)で水浴する女性(いずれもウィキぺディアより)


のちにお釈迦さまに帰依して熱心な仏教信者になられてから、お釈迦さまのために立派な精舎(道場)を作りたいと念願されていました。いろいろ場所を捜しているうちに、大樹林の生い茂っている静寂な土地を見つけました。こここそ仏法挙揚にもってこいの場所と思われましたが、その樹木はハシノク王の王子衹多(ぎだ)太子に交渉しましたところ、太子は「この土地に黄金を敷き詰めれば譲ってもよい」と難題を持ちかけました。
仏に深く帰依していた長者はこれにひるむことなく「私の全財産をを投げうちます。」と答えられたので、太子は非常に感激され、長者は園林の樹木を全て精舎建立のため寄進され、長者は全財産を費して堂塔伽藍をつくられたのです。
そこでこの精舎は太子の寄進された樹林と給孤独長者の寄進した伽藍によってできたために「衹樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)」と呼ばれていましたが、のちに省略して祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)と呼ばれるようになったのです。
お釈迦さまはこの精舎で二十五年という長い年月にわたって仏法を説いておられます。
したがって舎衛城の祇園精舎は、舎衛城の王女として生まれた勝鬘夫人にとっては俗縁からいっても非常に縁の深い土地であります。
夫人はこの精舎においてお釈迦さまの接得を得て、仏法を修行されたものと思われます。
こうして仏道を成就された勝鬘夫人は、大法を獅子吼するにあたって先ず仏法の偉大さについて心から讃嘆し、いよいよ信をかためておられます。
その一段が経典における「歎仏真実功徳章」です。
ひと口にいってこれは仏徳礼讃の詩です。
古来から有名な偈頌になっています。
勝鬘夫人の大法に対する至心がよく表明されていて、仏教徒として誰しも学ばなければならないものがあります。
そのためでしょう、この偈頌は中国でも重視され、我が国でも天台、真言、念仏などの緒宗で用いられ、「誠心誠意仏法に帰依する礼讃文」として重視されています。
大法を修行し、人格を完成するにはこれだけの入信というか、「至心の帰依」がなければならないことを、夫人は自らの体験から告白されているのです。

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」よりー文責 三重四日市禅会IT部)
 
 
 
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岐阜・関・美濃・洞戸坐禅会(摂心会)のお知らせ



岐阜県関市洞戸大野「人間禅岐阜洞戸(旧東海)坐禅道場」
での、一般社会人を対象にした「座禅会(摂心会」のご案内です。
初心の方大歓迎!!
期間中宿泊、1日、数時間からの参加も可能です。
ただ黙って坐禅する所は岐阜地域内でも禅宗のお寺を初め沢山ありますが、日本の臨済宗の正脈の師家に参禅し、古来からの公案によって転迷開悟できる坐禅会は、人間禅岐阜洞戸坐禅道場の座禅会(摂心会)だけです。岐阜洞戸坐禅道場では、平成28年度は5回の座禅会(摂心会)があり、9月の第117回摂心会(坐禅会)は本年度の第2回目の短期摂心会(坐禅会)です。対象は、老若男女、学生さんから高齢者、主婦、サラリーマン、までの一般社会人で、座禅は初めてという方にも初歩からお教え致しますのでお誘い合わせてご参加下さい。
●日時:平成28年11月17日(木)~21日(月)14時まで
●会場:岐阜洞戸(旧東海)坐禅道場 岐阜県関市洞戸大野975 (℡0581‐58‐7014)(会期中)
●提唱:金剛庵要道老師 「新編碧巌集」
●参加費:一般1,000円 食費1食350円 施設利用料500円 懇親会1,500円 ※お問合せは以下にお願いします。
谷津真道 ℡090-3382-6595 メール cyndow1335@outlook.com
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太玄です。

 10月23日(日)AM9;00〜PM16;30の日課で第3回三重四日市禅会参禅会(坐禅会)が四日市市諏訪町総合会館8階和室で開催されました。
 人間禅東海(ブロック)名古屋、岐阜、三重四日市、豊橋、浜松で社会人が参禅(坐禅)体験!!のHPから検索ワード「三重(四日市)禅会」で検索してアクセスした参加者は前回に続いてなかったが、リピーターの櫻井さん、新しく松阪市から、新井(仮名)さん親子が子供座禅タイムに参加されました。四日市ときわ水曜坐禅会、三重四日市禅会のメンバーの他には岐阜洞戸坐禅道場長の谷津真道居士が岐阜市から駆けつけ参加して下さいました。身心共に秋晴れの清々しい、にぎやかな会となりました。

次回第4回は12月11日(日)、四日市諏訪町総合会館8階和室です。皆様の奮ってのご参加をお待ちしております


下、左の写真は子供達が持ち込んだマスコット、中、「アーッ!、やっと終わった。よかったネ、ママ!!」チーンと引金が鳴って、子供坐禅タイムが終わった瞬間です。、右、総合会館8階からの眺望、会館前の植え込みから西方鈴鹿方面、左側がコンビナート、四日市港側。右手は近鉄四日市駅。


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「共感する脳とは?」坐禅と最新脳科学⑬
 
前頭前野の働きには、「集中」だけではなく、「共感」に関係するものも知られています。
 事故などで前頭前野が広く破壊されると、次のような障害が出ます。
 ふつうにしゃべることもでき、歩くこともでき、ご飯を食べることもでき、もちろん呼吸することも不自由がなく、一見して、何の問題も外見では認められないのです。
 しかし、人格が変わったと思わざるを得ない変化が起こる事があります。
 集中して物事を遂行することが実は出来なくなるのです。
 それだけではなく、相手の心が読めなくなるのです。
 つまり、相手の心を読むことが出来るという能力が「共感脳」の働きなのです。
 私たちは、他者とコミニュケ~シヨンをする際に、言語によるコミニュケーションと非言語によるコミニュケーションの能力を使います。
 どちらも幼児から小児期にかけて、毎日の繰り返し学習によって発達を遂げる言語脳の方は、左脳の言語中枢に局在するようになります。
 一方、非言語のコミヌケ―ション能力は、前頭前野の正中部に局在します。
  この共感脳の働きは、他者のちょっとした表情の変化、声の変化、しぐさの変化などから、相手の心の変化を読み取る能力なのです。
 すなわち、非言語の手段でコミニュケーションをとる能力で、現代の若者がよく言う「空気を読む」とか、古くは「第六感」と表現されるものに通じる能力です。


ラファエロの「大公母」

 前段で紹介しました、東邦大学、有田教授の「呼吸法と読経の脳科学実験」での、呼吸法(数息観)と読経中の前頭前野の活動の記録で、この共感脳の領域に強い活性が現れるという実験結果、さらに、読経や声明(しょうみょう)を終えたお坊さんの中には、「相手の心が読めるようになる」とか、「第六感」が鋭くなる」など、いろいろな表現の仕方で、脳内変化が表出されたという調査結果からも、「共感脳」の活性化による状態変化と解釈されるというのです。
 ここで特筆されるのは、坐禅歴の浅い学生などが呼吸法をしてもその状態変化は現れないので、修行、禅境涯の程度、脳科学的に言えばセロトニン神経の活性化努力、鍛え方、が優れている人に限って認められる脳内変化なのです。

 有田先生には「共感する脳」という著作がありますが、その書籍を紹介する一文を引いておきましょう。
現代は人間関係の根底にある「共感性」が失われつつある時代といえる、いわゆる、わが子を愛せない母親、すぐにキレる若者など、殺伐とした現代人に特効薬はあるのか。、脳生理学の立場から「共感」するとは何か?
人間には本来、他人の表情や態度から直感的に心を読み取る「共感脳」がそなわっている。その働きを活性化するのが、セロトニンという脳内物質で、著者は
、セロトニンをはじめ、ドーパミン、ノルアドレナリンの三つの脳内物質の相互作用を光の三原色にたとえて説明しておられる。つまり、興奮をもたらすドーパミンはポジティヴな赤、ストレスを感じた時のノルアドレナリンはネガティヴな青、セロトンは心が安定した状態を表わす緑にたとえて、人間生活には、この三原色のバランスが大切で、とりわけ現代人には、セロトニン神経を刺激する反復リズム運動や涙の効用の必要性を説く、人間らしさを科学した注目の一冊。とあります。
われわれ人間禅の修行の究極の目的も畢竟「人間らしさ」を徹底追求するところにあるともいえましょう。
 
 
 

(西岐阜静坐会主宰、前岐阜洞戸坐禅道場長、日本中医薬会会員 葛西松堂 講演より)

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茶禅一味(いちみ)とは?⑦有楽流・薄茶席 両忘塔野点席(前・後半)森本守端 千葉大学禅の会
 
茶味
お茶を一服喫すれば 光の味がする
もう一服喫すれば 風の味がする
もう一服喫すれば 自分自身の味がする
本席は第一にはおいしいお茶を、第二にはきれいなお点前で、 第三にはありあわせの器でをモットーに呈したいと存じます。
両忘茶席は漸進「即点て」席をご用意致します。


木曽川水系津屋川堤の彼岸花、両端は秋の七草、萩と女郎花(おみなえし)の群落

会記
 花入れ 掛け花器 守端自作
 花
 香合  緝煕庵慧純老禅子遺愛
 釜   平丸釜 宝積正一作
風炉  唐銅道安風炉 飴屋義長作
風炉先 富嶽 守端自作
水指  守端自作
茶碗  緝煕庵慧純老禅子遺愛
替   廻光会員自作 
茶杓  磨純軒祖元居士遺愛
建水  貝銘 与論島
蓋置  守端自作
菓子  落花生最中 オランダ屋製
器   守端自作
御茶  金毛の昔 一保堂詰
 
 
正客は三重四日市禅会の四人の武道家、左から千葉創和会範士熊谷竜安、四日市ときわ水曜坐禅会長、尾張柳生流小川韶春、洞戸のピコ太郎こと少林寺拳法三段岐阜洞戸座禅道場副道場長竹浪竜泉、人間禅宏道会、三重四日市禅会長田中太玄、の各居士
 
 
三重四日市禅会第2回参禅会でのお子様合同茶禅一味の会(四日市市総合会館8階和室で)

(本文は「茶禅一味(ちゃぜんいちみ)記念茶会」よりー三重四日市禅会茶道部)
 
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「此(こ)の中とは?」坐禅和讃新講⑰
 智慧とは、ヨーロッパでの知恵(ウイズダム)(wisdom)とか、
生活の知恵とかいわれるものと違って、道眼(どうげん)といわ
れる智慧である
即ち真理を見る眼であり、仏智見(ぶっちけん)である。
心の五蘊(ごうん)の空なるを照見(しょうけん)して諸法実相(しょほうじっそう)を開示する般若心経の智慧であり、その如実なすがたは大禅定による転迷開悟(てんめいかいご)によって開示されるほかはない。
 以上のような六波羅蜜(ろくはらみつ)も、結局は、見性成仏(けんしょうじょうぶつー見性して仏になる)の一道に帰し、又そこまで徹しなければほんものたることはできないというのが、老漢の肝(は)裏(ら)である。
 
これは何も我田引水(がでんいんすい)ではなく、釈尊が初め道心をおこして出家され樹下石上(じゅかせきじょう)に端坐(たんざ)すること六年、暁の明星を一見して本覚の心性を徹見(てっけん)し、本来仏(ほんらいほとけ)を悟ったそのときの白状(はくじょう)に明らかである。
“ああ奇(き)なる哉(かな)!一切の衆生 皆如来の智慧・徳相(とくそう)を具有(ぐゆう)することを!”“一仏成道(いちぶつじょうどう)して法界(ほっかい)を観見(かんけん)すれば、山川草木(さんせんそうもく)悉皆(しっかい)成仏(じょうぶつ)せり!”と。
 従って六波羅蜜のほか、念仏も懺悔(さんげ)も加持祈祷(かじきとう)も断食・苦行も、その他百般の修法というものも、何一つとしてこの大禅定に納められないものはない。
 何故ならば、これこそが唯有一乗法無二亦無三如是法(ゆいゆいちじょうほうむにやくむさんのにょぜほう)そのものの開示(かいじ)であり、人為(じんい)を離れた無為自然(むいじねん)の実相(じっそう)そのものだからである。
 時宗(じしゅう)の開祖(かいそ)一遍上人は、由良(ゆら)の法灯国師に参じて念仏の極意を得られたが、その証得(しょうとく)された境地を「唱(とな)うれば仏も我もなかりけり 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と歌っておられる。
時宗(じしゅう)では、南無阿弥陀仏の南無(なむ)は、ありとあらゆる衆生の願心であり、その南無の願心に阿弥陀仏の法が相応(そうおう)して、機法一体(きほういったい)・能所不二(のうじょふに)の独一の南無阿弥陀仏になるといわれる。
従って独一の名号(みょうごう)には既に機(き)もなく法もなく、南無阿弥陀仏の当体が往生(おうじょう)であり来迎(らいごう)であるとする。
 これこそは「摩訶衍の禅定」の(とうたい)ではないか。
念仏というが、その実(じつ)は禅と一(いつ)なのである。


 
国宝一遍聖絵(遊行寺)と一遍上人像(神奈川県立博物館蔵ー国宝)

 又、懺悔(さんげーざんげ)については『伝灯録(でんとうろく)』により、二祖慧可(にそえか)大師についてみてみよう。 
 大師のところへ一居士が来て、名を言わずに礼拝して、わたしは罪の不安につきまとわれているが、その罪をとり除くにはどうしたらよいでしょうかと問うた。
以下、原文は次のようになっている。
祖云う、“罪をもち来たれ、汝がために懺(さん)せん。”
居士久(ひさ)しうして云く、“罪をもとむるに不可得(ふかとく)なり。“
祖云く、“我 汝がために懺罪(さんざい)しおわりぬ。宜しく
仏法僧(ぶっぽうそう)に住(じゅう)すべし。“
居士云く、“今、和尚に見(まみ)えて己(すで)に是(こ)れ僧なるを知る。 いぶかし何をか仏法と名づくや。“
祖云く、“是(ぜ)心(しん)これ仏、是心これ法、法仏無二(ほうぶつむに)なり。僧宝(そうほう)も亦然(またしか)り。“
居士云く、“今日(こんにち)始めて知る、罪性(ざいしょう)内にあらず、外にあらず、中間(ちゅうかん)にあらず。もしその心のかくの如くならば、仏と法と無二(むに)なり。“
二祖、深くこれを器(うつわ)として云く、“是れわが宝なり、宜しく僧璨(そうさん)と名づくべし。“
 そこには、キリスト教のような原罪(げんざい)の思想はない。
悪業(あくごう)の報(むく)いとして受ける罪も、善業の果(か)である福も、真如(しんにょ)の体(たい)より照(てら)しみれば、畢竟夢(ひっきょうゆめ)であり、かげろうの如(ごと)きものである。
これが、摩訶衍(まかえん)の禅定において、真の懺悔をみる禅の立場である。
 老漢が、ここで「皆此(こ)の中に帰(き)するなり」といっている「此の」とは、形の上では摩訶衍の禅定を指しているが、ただそれだけではない。
この「此の」には又別な微妙な味わいがある
それは見性成仏の端的(たんてき)である如是法そのものを直指(じきし)している。
そしてそこを「その中」といわずに「此の中」といったところに千鈞(せんきん)の重みがある。
理論ではなくして実際に生きた境涯がそこに躍動している
一体「此の中に」とはどの中なのか工夫を要するところである。



由良の興国寺と国師木像

註)
法灯円明国師(心地覚心ー無本覚心)

信濃国筑摩郡神林郷(現在の長野県松本市)に地頭の常澄兼久(恒兼久)の子として生まれる。
1221年(承久3年)神林の神宮院に入り 29歳の時に奈良東大寺にて受戒、高野山で伝法院の覚仏に従い真言密教を学ぶ
また金剛三昧院の退耕行勇に師事し密教禅を修めた。
この時、源実朝の霊を弔う為に高野山に来た、葛山景倫(後の願性)に出会う。師に随い鎌倉の寿服寺にも赴いた。山城(京都)深草の極楽寺に道元を訪ね菩薩戒を受け、上野世良田の長楽寺開山の栄朝、甲斐の心行寺の生蓮、京都勝林寺の真観らに学んだ。
1249年(建長元年)に入宋した。杭州湾口にある普蛇山に着き、中国5大禅寺のひとつである径山寺(興聖万寿禅寺)に上る。翌年、阿育王山に掛塔し、三年ほどその地で修行する。その後、天台山、大梅山に上る。杭州の霊洞山護国仁王寺の無門慧開(1183-1260)に参じ、その法を嗣ぎ12154年(建長6年)に帰国した。
帰国後、高野山の金剛三昧院に戻り、師の著作である『無門関』を請来した。
1258年(正嘉2年)願性(葛山五郎景倫。願生、願成とも。)の求めに応じて西方寺(後の興国時)の開山となり、紀伊の由良に居を定めた。
亀山上皇(1248年―1205)の帰依を受け、新建の南禅寺の開山となることを求められたが、断ったという。亀山上皇、後醍醐天皇より法燈禅師法燈円明国師と諡された。罃山紹瑾(1268-1325年)ら、多くの曹洞宗の僧らと交渉をもったため、その密教化に影響を与えたとされる。
また、後世尺八を愛好したとして、普化宗の祖ともされる。
心地覚心が中国からもたらしたといわれる金山寺味噌は、径山寺(きんざんじ)の味噌の製法を模したものと言われている。
 
一遍聖絵

一遍聖絵(いっぺんひじりえ)または、一遍上人絵伝(いっぺんしょうにんえでん) は、伊予国(現在の愛媛県)に生まれ浄土宗を修めたのち、新しく独自の宗旨である時宗を興した開祖一遍(遊行上人)を描いた絵巻。国宝。

奥書により、1299年(正安1年)一遍の弟子にあたる聖戒が詞書を起草し、法眼の地位にあった画僧の円伊が絵を描いた。独自の踊念仏という信仰を生み出し、全国を遊行して貴賤を問わず広く念仏を勧め、民衆の布教に努めた一遍の活動を忠実に記録し、その活動のようすとともに各地の寺社や名所の景観を取り入れた点は特筆に値する。
全体的に人物を小さく扱い、背景の自然描写に大きな関心が注がれ、四季の風景を美しく描いた歌絵は名所図絵的な趣を伝える。人物や建物の的確な描写には鎌倉時代の写実主義的な傾向が強く見られ、山水の描写には中国宋代の影響が指摘される。大和絵の伝統と外来の宋画の力強い表現を加えた作風は独得で、類似の作品が見られることなどから、「円伊派」の存在を推定する説もある。
詞書は、五彩に染めた絹布を料紙に、当時の能書家4人の筆で書きつづられてる。



上左より、伊予河野氏居館、紀伊国高野山、熊野那智の滝、安芸厳島、京都の群集

長時間たって編集される高僧伝と異なり、一遍死後10年に、一遍が遊行した足跡を再確認しつつ、記録を基に、聖戒が一遍に同行した時衆と共に再踏破した後に書かれた物であり、資料的価値が高い。
異母弟といわれる聖戒が、一遍の生涯の言動を記録に留めておきたいという動機で作成されたものである。国宝本は神奈川・清浄光寺蔵(京都・歓喜光寺旧蔵、全12巻。国宝指定名称は「絹本著色一遍上人絵伝」(以上ウィキぺディアより)
 

 
(白隠禅師坐禅和讃新講―白田劫石 述 「第2段 それ摩訶衍の禅定は稱歎するに余りあり」ー人間禅叢書第6編 文責 東海禅会IT担当 田中宗晃)
 

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私の禅入門(五)

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執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2016/10/17 5:33


 九年前、会津緑陰禅の会と銘うった会津市のあるお寺の1日坐禅会に知人の紹介で何気なく参加したとき、有名な元作家の庵主さんのお話しがあり、その中で、「すべての苦しみは執らわれの心から来るのです」との力強い一節に私は一瞬、釘づけになってしまったことがありました。
 その後、間もなくして主人の転勤で仙台に移り、世の中だけでなく自分の身辺も大きく変貌したのでした。
 特に在家の禅に出会い、続けているうちに、次第に見えてきた自分の心の葛藤、そして、それらに振り回されて右往左往している自分の姿にできることならなにもかも全てゼロからやり直したい。

いつも新たな、新鮮な気持ちで再出発したいと、ときに心の奥底からの叫びにも似た思いでした。
それは九年前の庵主さんの言葉にも起因しているのですが、禅の老師に参禅を続ける中でさらに確信のような響きを持って、「人間は一人では生きられない、人と人のあいだで混ざり合い、切磋琢磨して修行を続けることが、まさに生きることなのだ」と教えられる毎日です。

 私はいま「人の絆」も大切であると思うのですが、神仏とはあえて言わないが、眼に見えないものとの絆の深まりのなかで、よりよく生きる喜びを覚えているかのようです。
これから先どんなことが起きても自信のような確信をさらに求めて毎日線香一本、あるいは半分でも坐らねばと思うのです。(下里恵泉)
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「静中に動あり、動中に静あり」宗演禅師菜根譚講話(八)

天地は寂然(せきぜん)として動かず。
 而(しか)も気機(きき)は息(や)むこと無(な)く、停(とど)まること少(くな)し。
 日月(じつげつ)は昼夜に奔馳(ほんち)す。
 而(しか)も貞明(ていめい)は万古(ばんこ)に易(かわ)らず。
 故(ゆえ)に君子(くんし)は、閒時(かんじ)に喫緊的心思(きっきんてきしんし)あるを要(よう)し、忙處(ぼうしょ)に悠閒(ゆうかん)的趣味あるを要す。
 
 
寂然(せきぜん)はヒッソリとして静かなようすである。
天地は見たところ寂然としてすこしも動いていない。しかし天地の活動というものは寸時も息(や)むことがない。
 気機(きき)の気は天地の気で、機(き)とはハタラキという意味である。
 つまり気機(きき)の二字で、天地の活動ということで、「天地は寂然(せきぜんーじゃくねん)不動なり。しかも気機(きき)息(や)むことなく停(とど)まること少(すくな)し。」この二句は、静中(せいちゅう)に自(おの)ずから動(どう)あることを云ったものである。

 「日月(じつげつ)は昼夜に奔馳(ほんち)す。
 而(しか)も貞明(ていめい)は万古(ばんこ)に易(かわ)らず。」
 この二句は、動中(どうちゅう)に自(おの)ずから静(せい)あるを云ったものである。

 朝、太陽が東に昇ると、夕べには月輪が西に現れる。
 日月は、昼夜、馳(かけ)通しで、少しもじっとしていないが、絶えず動いている中にも、日月の光明は、千古、万古、更に変わりがない。
 貞明(ていめい)の貞(てい)は貞操(ていそう)の貞(てい)で、女が貞操(ていそう)を守って変わらないように、日月の光明が永久に変わらないことを謂ったのである。

 静中に動あり、動中に静あり、動静(どうせいーどうじょう)、両々(りょうりょう)、相兼(あいか)ねて完全な活動を為(な)すのが宇宙の根本原理(原則)である。

 人間の道もまたその通りで、君子たるもの閑散無事(かんさんぶじ)の時に、チャンと火急(かきゅう)の変(へん)に応じる心の準備をしていないといけない。多忙繁劇(たぼうはんげき)の時でも、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)たる一面をもっていなくてはならない。

 閒(かん)とは閑(かん)と同じ意味で「ヒマな時」である。
 喫緊的心思(きっきんてきしんし)の喫(きつ)は喫驚(きっきょう)の喫(きつ)で、出遇(であ)うとか受けるとかいう意味である。
 緊(きん)は緊急(きんきゅう)、火急(かきゅう)の変(へん)に応ずる心掛(こころがけ)である。
 悠閒的趣味(ゆうかんてきしゅみ)とは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)たる趣(おもむきー風情ふぜい)である。


「乾坤輝く」と「中秋の月」横山大観(足立美術館蔵)
  
    

 (文責 三重四日市禅会IT部) 
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つながりが拡がりますようにー神戸禅会
神戸参禅会
 
日時:281110日(木)・11日・12日・13日(日)
場所:明鑑寺 〒652-0003神戸市兵庫区梅元町12-4 
バス:三宮そごう北 バス停 市営バス7番バス JR神戸駅市営バス停7番バス 五宮町下車 徒歩5分。
JR神戸駅からTAXI  市営地下鉄 大倉山駅より徒歩20分
車でお越しの節は、近くの祥福寺の駐車場に入れてください。
参加費用:参禅会3,000円プラス食事代、講演会・懇親会費
(内訳:食事費1食400円、懇親会1,000円、参加費3,000円
・学生・女性・一日参加者2000円。講演会500円)
講演会:     11月12日(土)15:00「衣服(繊維)のリサイクル」
                                             SEP(安全・環境・プロダクツ)社長 大山 勝
 

参禅会:     11月10日(木)16:00~22:00
                 11月11日(金)5:00~22:00
  11月12日(土)  5:00~22:00
  11月13日(日)5:00~12:00
老師:人間禅  葆光庵 丸川春潭老師
釈迦・達磨の法を伝える正脈の師家に
参禅できます。
問い合わせ: 木戸開善090-5892-3166
E-Mail: kaizenkido51@gaia.eonet.ne.jp
人間禅は、鎌倉 円覚寺系の在家禅の会です。全国に17支部・9禅会あり。
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