メインメニュー
ブログ カレンダー
« « 2016 9月 » »
28 29 30 31 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 1
カテゴリ一覧

ブログ - 201609のエントリ

芭蕉読本③姥桜咲くや老後の思い出
 
 「芭蕉全伝」に「幼弱の頃より藤堂主計良忠蝉吟子に仕へ、愛顧頗る他に異なり」とあって、この藤堂良忠とは伊賀に住した藤堂家の一族中、藤堂新七郎家二代目の当主良精の三男のことである。
 良精は家禄五千石の侍大将で、上野の城代藤堂采女家に次ぐ家柄であった。

 良忠には二人の兄がいたが、いずれも早世したので、三男良忠が家督を継ぐことになった。
 芭蕉が良忠に出仕したのはいつからなのかは不明であるが、当時は幼主の近侍として召されたのは、遊び相手のお伽役であったと考えられるので、十歳前後の幼少期と想像される。

 ただ、芭蕉正伝には、寛文壬寅(二年)19才で始めて臣となる等。の疑問の記述もある。
 藤堂家に伝わる話として、二人は主従であると共に、また一人の人間と人間との親しさで結ばれていた、芭蕉の忠実な奉仕の精神と濃やかな友情を良忠も深く感じ取っていたのだという。
 二人の特別な関係が、やがて芭蕉の生涯に大きな決定を与える機縁となった。
なぜなら芭蕉の俳諧生活の第一歩は、良忠との関係から始まり、一生を風雅の道に繋がる端緒がここにあったといえるからである。
 良忠の父良精は武人であったが、文学の嗜みがあり、漢詩や和歌を多く作ったと言われる、その感化を受けたのか、良忠も文芸好きの青年として成長して、自然と向かったのが、当時の青少年にも人気であった俳諧の道であった。
 新興の文芸であった俳諧はそれほどこの時代の若者にも魅力的であった。
 良忠は北村季吟を師として学んだ。俳号を蝉吟といったのも、季吟の一字を分けてもらったのである。
 この間に芭蕉の金作少年は元服して、通称を藤七郎、また忠右衛門、名を宗房と呼んでいた。
 今までは遊び相手に過ぎなかった、良忠より二歳年下の金作は、いつの間にか句作のもっともよい伴侶となっていた。
 もともと芭蕉自ら俳諧の素質はもっていたが、俳諧の道に最初に導いたのは、主君良忠であった。
 当時の芭蕉の作については、明暦三年、十四歳のときの、「犬と猿の世の中よかれ酉の年」という句を入れた後世の著作があるが、そのままは信じがたいとされている。
 
 確実な作として文献にある最初のものは、寛文四年松江重頼撰の「小夜中山集」に次ぎの二句がある。
 姥桜咲くや老後の思い出
 「姥桜」は彼岸桜の一種で、花が咲いている間は葉が出ないので姥の「歯無し」にこと寄せた名前である。句は姥櫻に因んだ趣向で、年増女が老後の思い出に花を咲かせるという意味に関連づけたものである。
 月ぞしるべこなたへ入らせ旅の宿
 謡曲梅枝の一節「はやこなたへと夕露の葎の宿はうれたくとも、袖を片敷きて御とまりあれや旅人」などの文句をふまえたものと思われる。もう月が出た。その月が宿へ導く案内人である。どうぞこちらへ入られて、お泊り下さい。「旅」は「入らせたべ」掛けている。
 どちらも松尾宗房の名前で出ている。時に宗房は二十一歳であった。
 芭蕉のこの最初の作品は、縁語やかけことばを主にした一種の言語遊戯であるが、これが当時のいわゆる俳諧というものであった。
 俳諧はもと滑稽の文芸として起こった。
 室町時代に連歌が興隆を極めたころ、その余興として行われた俳諧の連歌が、やがて本連歌から独立して、一つの新しい文芸として認められるようになったのが俳諧である。俳諧の連歌とは正式の連歌に対して、滑稽を主にとした連歌のことで、当初は全くその場限りの言い捨てとして弄ばれるにすぎなかった。
 したがい本連歌のようにとくに定まった法式もなく、また用語にも題材にも、何ら制限がもうけられなかった。
 この通俗性と自由性が、江戸時代の新興文芸として民衆に迎えられた一因と考えられている。
 


 姥桜とは?
  • 葉(歯)なしの桜の意から
葉に先だって花を開く桜の通俗的総称、ヒガンザクラ、ウバヒガンなど。
  • 娘盛りが過ぎてもなお美しさが残っている年増。女盛りの年増。
「小町桜も老いぬれば身は百歳のうばざくら」浄瑠璃、賀古教信七墓廻り(広辞苑)
 
(ある50代男性の告白)

姥桜って、褒め言葉って、知らなかった(不覚)、知ってた?
 それは、それで、まぁそういうことなのか、ってことだけなのだけれど、一般的に「姥桜」っていうのは、女性を悪く言うときに使う言葉だと、小生はこの歳まで。ずっと思っていた。
  1. 若かりし頃はきれいだったけど、今は美貌を失った年増女性のこと
  2. 年甲斐もなく、女であることをことさらに強調するような、大年増のこと
  3. わかりやすく言えば、みっともないエロばばあのことか
 まぁ、そんな感覚で、いわゆる、年甲斐もなくいつまでも女の盛りでいるような気分の女性を、馬鹿にするというか、揶揄するようなときに使っていたのが、「姥桜」という言葉だった。
 時代の変遷をいつしかたどって、元来の意味とはまったく反対の意味になってしまっていたようだ。
 年を経るごとに、「桜」という、美しさを表す言葉よりも、「姥」という、年老いた状態を表す言葉の意味のほうがまさってしまい、段々にその意味を逆転していってしまった。

お釈迦様も若い時に、生老病死の問題に悩んだそうだが、世の男女も老を考えるとにわかに悲観的になり、他人事視して歳月を過ごしているように、小生もこの歳になって、いつまでもこんなことしていていいのか?などと三十年も前にとっくに忘れていた青雲の志がときに頭をもたげる
、かつての同僚から「もう遅いって社長!」「そんなこと、はよあきらめて折角始めた座禅修行にもっと精をだしたら?」というつっこみがはいる。
寄り道していないで、さて、本論に還って、では、「姥桜」の、本来の意味はどうだって?
 娘の盛りが過ぎてもなお、いつまでも美しく色香の残っている女性のことを、実は「姥桜」と言うらしい。

この姥桜という言葉、かのイケメン大臣の「女性総活躍社会」なる掛け声じみた政策スローガンが全国津々浦々にまで行き渡ってなぜか、男女、老いも若きも、湧いている「現代にっぽん」にぴったしかんかんではないでしょうか。湧いていないって?

 これについては、女性のことが対象なので政府の政策の意図までは、小生もよくわからないのだけれど、とにかく「姥桜」の本来の意味が、いつまでも美しい女性のことだと知って、ほんとにうれしい。
桜にまつわる言葉が、女性の醜さを表す言葉ではなく、美しさを増す言葉であったことが、ことさらにうれしい。
季節外れの桜の話でお茶を濁してしまいました。グローバル化とやらで田舎か都会かさっぱり判らない雪隠詰の町で、小生、年末で50ウン歳の誕生日を迎える、首吊りの縄キレもなし年の暮れ、首尾よく年が越せたら来年の姥桜が見たい!。

(三重四日市禅会俳句部)

(参考文献 竹二房「芭蕉正伝」潁原退蔵「芭蕉」竹人「芭蕉翁全伝」「ホームひとりごと」、広辞苑)



 
 
 
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (135)

意識を集中していると思っていても落ち着いて静かに心中を観察してみると、実は雑念が次々と湧いている状態であったり、呼吸を数える数息観にとりかかってみても、ふたーつ、まではいっても、いきなり四っ、までとんでしまったり、どこまで数えたのか忘れてしまって、あらぬことを考え出していたりすることは初心の間のみか、何年坐禅をしていても、ありがちなことです。
しかしこんなことを許していては、忙しい現代人にとって坐る時間の無駄になるし、境涯の進展はのぞめないばかりか、一日一炷香の延長線上にある日常の三昧力、道力の向上にはつながらないものです。
脳科学者の有田先生には雑念と集中脳について考察した論文で、雑念を払いのけようとすると認知機能である左脳が動き出し、セロトニン神経の活性化には好ましくない状況であるとして、幾つかの手だてについて述べておられて、かいつまんで紹介してみましょう。
 雑念を無理に追い払おうとしないで、雑念に寄り添って、吐く息、吸う息、あるいは読経など、今していることに意識を向け続ける。
「意識の集中」とは一点を凝視したり、意識をそこに留めることではなく、心中に一種のリズム運動のようなひたすら継続する状況にみずからを置く、ということをすすめておられます。
われわれの数息観も向上底(こうじょうてい)では「数えて、数えない状態に至る。」高い境涯があります。。
人間禅の創立者耕雲庵立田英山老師は嗣法の師である、両忘庵釈宗活老師の百か日忌に回向するとして頒布された第一の書「数息観のすすめ」で「、、、息を数えるのでもなく、そういうことは一切忘れはててしまうのです。
忘れるといっても、数息観はしている(自然の呼吸で、引く息、吐く息往復でいーち、つぎの引く息、吐く息往復でにーい、と数えている)のですから、放心状態になっているのではありません。一休和尚のお歌に「忘れじと思いしほどは忘れけり、忘れて後は忘れざりけり」というのがありますが、その意味での忘れはてるのです、、、、、と述べておられます。
古代インドの第二十二祖摩拏羅(まどら)尊者伝法の偈(げ)に「心は万境に随って転ず、転処実に能く幽なり。流れに随って性を認得せば、喜も無く亦憂も無し」とあります。
到り得たという禅の境涯は一足飛びに得られるものではありませんが、その方向に一日一炷香の内容を深めてゆくのが先決であろうと思うのです。

         
耕雲庵立田英山老師書「如是法三昧」、右、岐阜洞戸座禅道場での摂心会」早朝静坐

脳科学ではある特定のことに注意を集中させ続ける働きは、人間で最も発達した前頭前野によって営まれているということが明らかにされています。
韻文つまり漢詩の形の偈文を読むとき、「集中脳」を自然に働かせることになると考えられます。
「なむからたんのうとらやーやーやー、、、」、般若心経の最後部分の偈文「羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。(ぎゃ-てい。ぎゃ-てい。はらぎゃーてい。はらそうぎゃーてい。ぼじそわか。)等の
韻文は普段私どもは生活で使わない文字ですから、それを読むとなると、注意の集中が求められますから、注意は集中しても、意味が不明なため、言語脳が働かないのです。
いわば非思量の状態で、集中して音読を続けることになります。
読経が実に「調心」になっている、この状況に脳を無理なく追い込んでいるというわけです。
脳波でいえば、速いα波が出現する経路は、数息観に集中して、左脳が働かない状態が続くと、前頭前野の集中脳が働き出す。
それが次いで脳幹のセロトニン神経を活性化させる。
セロトニン神経が興奮すると、その信号が前脳基底部に伝えられます。
前脳基底部は大脳皮質の状態を変えて、速いα波を出現させる。
覚醒状態で自己意識がちゃんとありながら、認知機能の抑制、すなわち、非思量とでも表現できる三昧の状態が形成されるのです。
不安や過度の緊張を減少させてスッキリ爽快の心理状態として体験されるのです。
これが、坐禅の時の呼吸法、数息観に集中出来ている基本的な脳内回路である、とされております。


(西岐阜静坐会主宰、前岐阜洞戸坐禅道場長、日本中医薬会会員 葛西松堂 講演より)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (133)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (139)
  
奇跡の「週末医療と禅」船戸崇史先生講演
 
運命の受容とは「だけど・・・ありがとう」。奇跡の医療に学ぶ。
 
「得ようとする時には苦しみ、手放した時には幸福と感謝が訪れる」。
元気な時、人は得ることで幸せになろうとするのがこの世の常ですが、死を前にした時、あきらめきれないものをひとつひとつあきらめていく過程で、人は本当に大切なものが何だったかに気づいていきます。
手足が自由に動くこと、話せること、空が青いと感じること、大切な人がいること、生きていること・・・ただ悲しいだけでは死はあまりに苛酷です。
しかし欲や執着は死の前に何の助けにもならないことを知り、当たり前に思っていたものこそがかけがえのない尊いものだったと生の真実に出会い、幸福と感謝に満ちて生き切る人たちがいます。

今回の人間禅名古屋道場創立記念講演の講師は岐阜県養老町で末期患者の在宅ケアのための病院を経営されている船戸崇史先生です。患者の身心の苦しみ、家族の悲しみに寄り添い、多くの人生の最期に立ち会ってこられました。
先生のクリニックは静かでやすらかな空気に満ちていて、先生の患者さんは皆さん穏やかに命を全うされます。苦しいけれど寂しいけれどありがとう、と言える「奇跡の医療」はなぜ実現できるのか、ぜひ伺いたいと思っています。
さて、今回のテーマは実は禅そのものでもあります。
座禅によって我による欲望や執着を手放して今のあるがままを受容することが真実の生の第一歩、それは大きな自己肯定と感謝の生でもあります。それを生きている今実現しようとするのが禅なのです。
    
 今回は人間の生死を医療と禅の双方からお話し下さいます。               
講演後は禅道場での座禅もぜひ体験してください。人間禅の禅師(老師)に直接禅のお話を聞く時間も用意しております。お気軽にご参加ください。
 
                                                      
写真は昨年八月、岐阜県関市洞戸大野、関市商工会洞戸会館で開催された、「船戸先生講演と映画の夕べ」の奇蹟の医療、映画「つ・む・ぐ」織人は風の道を行く、スチール写真と人間禅名誉会員 船戸崇史先生(岐阜県関市洞戸大野、岐阜洞戸坐禅道場で)

*講師 船戸崇史氏 岐阜県生まれ。岐阜県養老町船戸クリニック院長。最初は外科医だったが、ガンには最終的にメスでは勝つことはできないと悟り、在宅で最期を看取るお手伝いを、と平成6年開業。西洋医学だけでなく東洋医学、補完代替医療を取り入れている。日本外科学会認定医。日本ホスピス在宅ケア研究会評議員。日本ホスピス協会世話人。合気道6段、剣道2段。
 
 (人間禅東京支部擇木禅セミナー案内より一部引用)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (147)
真道です!

10月2日(日)に「終末医療と禅」と言うテーマで、船戸クリニック院長の「船戸崇史氏」にご登壇いただく講演会が開催されます。
場所は名古屋市中小田井、善光寺別院願王寺です!
詳細は下記URLを参照くださいませ。

http://nagoyazen.ningenzen.jp/modules/d3blog/details.php?bid=135

皆さまのお越しをお待ちしております!




人間禅名古屋道場設立記念講演「終末医療と禅」
講師
船戸クリニック船戸崇史院長
人間禅名誉会員
 
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (126)

岐阜洞戸坐禅会(第117回人間禅岐阜支部摂心会・サンポー第16回参禅会)のご報告
第117回人間禅岐阜支部摂心会合同サンポー第16回参禅会が9月14日~18日の期日で岐阜県関市洞戸大野の岐阜洞戸坐禅道場で厳修されました。当日の当直日誌(直日―当日の当直者が記載)より抜粋引用して読み解き報告します。
平成28年9月14日(水)20時結制、、、、。 18日(日)12時円了
平成28年9月14日(水)晴れ 気温29度(夕刻)
第1日目、支部長谷津真道15時入山。
17時、新到のM禅子入山、HPより申込みー人間禅 東海(名古屋、岐阜、三重、豊橋、浜松)略称で検索の場合「岐阜禅会」「三重禅会」「名古屋禅会」で可能のホームページ。
支部長で当日の当直者、谷津真道がガイダンスと坐禅、数息観の指導を行う。新到M禅子の面談要約、月一で高野山への研修を継続している。愛知県中川区在住、10月1日からの名古屋支部摂心会、10月23日の三重四日市1日参禅会(四日市市諏訪町四日市総合会館8階和室、午前9時〜17時まで)―を紹介する。
18時、老師ご到着。(自動運転車)
20時、自己紹介書提出を受け、早速、担当師家の金剛庵要道老師居室、隠寮へご案内する。
結制茶礼参列者・・・真道、円穹、黙雷、雲舟、玄信、大通、Mさん、
結制茶礼でのご垂示要旨―摂心会117回の岐阜支部の歴史の重さと将来への修行継続の責任、及び当面の布教、道場の地域への開放、道場での早朝静坐会、土日の静坐会発足等の提言をされた。
役位相見ではサンポー参禅会の参加状況を報告し、新倒者のMさん、後日来訪のTさんのホームページからのアクセスの次第をご報告。
参禅・・・真道、円穹、黙雷、雲舟、玄信、大通、
この時点ではMさん、参禅願いを提出されておらず、師家相見に止まった。
開枕・・・黙雷、雲舟、玄信、大通が下山



平成28年9月15日(木)<第2日目サンポー参禅会> 晴れ 気温28度、第二日
静坐・参禅・・・真道、円穹、Mさん
老師より「刺激物を主治医から止められているので、今後、食事でキムチは出さないように」との指示があった。
サンポー参禅会入山8時半・・・中村真情、小野円穹、鷲見信光、三宅巨巌、吉田月印、吉雄大亀、林大岳、谷井照月、西村敏行、植村佑香、水川英樹、楠悠次郎、遠藤泰喬弘、野島秀康、水野由紀子、丹下恵理、中腰優治、吉田貴重、横山和哉、本田雅彦、石原由加里、土屋智史、藤村彰、石見陽祐、永田総一郎
午前作務・・・真道(典座)、円穹(侍者)、Mさん(典座手伝い)、サンポーコーポレーション(株式会社)参禅会会員13名(外回り、草刈り)サンポー社から草刈機を1台お借りして行った。(この席をおかりしまして真道、人間禅岐阜支部長として深く感謝申し上げます)。
参禅前に中村真情会長下山。参禅時に竜安入山。
静坐・参禅・・・真道、円穹、巨巌、月印、大亀、大岳、竜安、Mさん 参禅後、真道下山。
午後の作務・・・サンポー社員15名(外回り、草刈り)、竜安(大日堂―夜坐室清掃)
静坐・参禅・・・円穹、巨巌、月印、大亀、大岳、竜安、土屋智史、植村佑香(土屋居士、植村禅子は参禅願い提出後参禅)。参禅後、巨巌下山。
提唱(講本「碧巖集第9則 法身不収」垂示。)
・・・聴聞者 円穹、巨巌、月印、大亀、大岳、竜安、サンポー社員15名。
講後参禅・・・円穹、信光、月印、大亀、大岳、照月、竜安、土屋智史、植村佑香
開枕後、円穹、信光、月印、大亀、大岳、照月、サンポー社員15名が下山。
平成28年9月17日(金)<第3日目> 曇り 気温26度第三日、起床後竜安下山。真道、巨巌、虎渓、永田総一郎、石見陽祐が入山。
午前作務・・・真道(事務)、巨巌(典座)、虎渓(侍者)、永田(草刈り)、石見(草刈り)、庭木刈込(要道)
静坐時に雲舟入山。
静坐・参禅・・・真道、巨巌、雲舟、虎渓、石見、永田(石見、永田は静坐のみ)参禅後、巨巌下山。
午後作務・・・真道(事務・典座)、雲舟(草刈り)、虎渓(侍者・外回り)、永田(草刈り)草刈は道場のり面を優先に行った。庭木刈込(要道)。
提唱(講本「法身不収 頌曰」)・・・真道、雲舟講後参禅・・・真道、雲舟、竜安、開枕前に老師ご臨席で支部会議を行った、詳細は会議録に記載。23時半ごろ太玄入山。





平成28年9月17日(土)第4日目 曇りのち雨 気温25度
6時半、新倒者 辻整居士入山。静坐・参禅・・・真道、竜安、太玄、Tさんは静坐のみ。参禅終了後、師家に相見。
午前の作務・・・真道(典座)、竜安(外回り草抜き)、竜泉(草刈り)、辻(草刈り)典座で真道が包丁で薬指先端を指をそぎ落とし、岐北病院へ。薬指包帯ぐるぐる巻きで戻る。
静坐・参禅・・・竜泉、竜安、太玄 参禅後、Tさん下山
午後の作務・・・真道(典座)、竜泉(典座・外回り)、竜安(外回り)、太玄(侍者)※芳光禅子と子女(日向子、聖羅)2名入山 静坐・参禅・・・真道、竜泉、竜安、太玄
18時 懇親会、俳句会参加者・金剛庵老師、真道、竜安、正覚、玄信、錦繍、太玄、芳光、熊谷日向子、熊谷聖羅
<俳句会作品>
夢双句
花盛り新入社員初坐禅                                            真情
名もしれぬ草群深し彼岸花                                         芳光
掃除して心も清しいつの日も                                  秋葉崇之
風そよぐ黄色じゅうたん踊りだす                                巨巌
秋茄子やおいしさ残すおもてなし                            真情
秋天や煩悩にむせ草むしり                                      竜安
草刈りでコオロギ達もお引越し                                    巨巌
名月や薩摩金時美濃の山                                       要道四句
太鼓打つ芋名月の美濃健児  
洞戸村人々行くや秋の蝉   
ちんちんと犬の鼻先カネタタキ  
吹き抜ける鈴虫の音や心地よ し                                      太玄
コウロギの歌声聞し日々よき日                                       真情
坐禅会この一杯に生き返る                                                竜安




1点句
秋日和山に溶け込む夕日かな                                      土屋智史
知己来る洞戸の茶庭栗実る                                                    要道
虫達の声が響くよ洞戸秋                                                         錦繍
草むらで秋の長夜の大合唱                                                   巨巌
夕ぐれに仲間つどいて秋の味                                               竜泉
雨上がりアジサイ揺れる堂の起つ                                            真情
2点句
散れば咲きそっとお辞儀の百目紅                                        芳光
秋日和山に溶け込む夕日かな                                            土屋智史
3点句
かえるがねピョンとはねるともうアメだ                                 熊谷日向子
若者が父母想い散る朝明けに                                                      玄信
4点句
夕暮れの典座に泳ぐ焼き秋刀魚                                                  真道
 
平成28年9月18日(日)円了日 雨    気温23度
静坐・参禅・・・真道、竜安、玄信、錦繍、太玄、芳光
午前作務・・・真道(典座、事務)、竜安(堂内清掃)、玄信(玄関、廊下清掃)、錦繍(典座、トイレ、風呂清掃)、芳光(禅子寮、布団押入れ)、太玄(隠寮)、巨巌、黙雷が入山。
静坐・参禅・・・真道、竜安、玄信、巨巌、黙雷、錦繍、太玄、芳光
円了茶礼参列者・・・真道、竜安、玄信、巨巌、黙雷、錦繍、太玄、芳光、垂示は別掲。 

老師ご下山 16時 (ご家族の運転で)


(人間禅東海ー名古屋、岐阜、三重四日市ー豊橋、浜松 ホームページは「名古屋禅会」「岐阜禅会」「三重禅会」いづれでも検索可能です、岐阜洞戸座禅道場広報部)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (157)

結制茶礼垂示

岐阜支部が発足したのは、3年前の旧東海支部の30周年記念摂心会でした。
前身の旧東海支部は30年前、名古屋、岐阜在住の人達で犬山市の善光寺で呱々の声を上げ、やがて、世代交代の波で、この30年来の旧メンバーは次第に姿を消し、特に当岐阜支部では、代わりに、30、40代の若い居士、禅子の出現をみて、眼をみはるばかりの静坐、参禅風景を現出しています。
新生岐阜支部としてはまだ発足3年目なので、これから将来に亘って、この勢いを継続してゆくことが、何より肝要です。
立教の主旨には正しく・楽しく・仲の良い家庭であると人間禅は僧伽を定義付けています。
東海ブロックでは人間禅岐阜支部―岐阜洞戸坐禅道場と新生名古屋道場の二つは車の両輪となって、正しく、楽しく、仲のよい「禅の家庭」のグループサンプルをこの東海各地区に提示、進展させていく決意と覚悟もまた求められています。
一方それはまた、民主的会員制度の運営が僧伽の基本にあるからでもあります。
我々の岐阜洞戸坐禅道場は現在も東海坐禅道場の旧看板が洞戸大野の県道にまだ出ていますが、実は3年前に岐阜洞戸坐禅道場という現在の正式名称に変わったのであります、
人間禅東海(ブロック)HPでもご存じの通り、道場はまさに「歩ゞ是れ道場」、「直心是れ道場」で、洞戸大野の坐禅道場こそ、まさに是れ我々の家庭であります。
また、家庭ぐるみで人間禅の修行に勤(いそ)しむのも創立以来の人間禅の特長であり、当支部の「会社ぐるみで坐る」というのもまた人間禅創立以来全国各地で多々見られてきた修行形態でした。
まさに当地でサンポーコーポレーション中村真情会長が開始、実践、継続されているとおりでもあります。
摂心会というのは、心を摂すると書くが、接続する接ではない。この「摂」は、心を集めて摂するという意味であり、また、摂心会が開催出来るのは、人間禅の支部の証左である、15名以上の会員がいないところでは出来ない、許可されないわけです。
支部創立以前の参禅会では禅の提唱は出来ないことになってもいます。これも、「参禅」とともに、「提唱」が講話、法話、講演などとは根本的に異なるもので、「法」、宇宙の生命「如是法」などともいう、心の法。正しい法と書いて、「正法」。これを挙揚する場が「提唱」であります。
そして、参禅を聴く師家でしかできない、許されないものです。
提唱があり学人の参禅を聴くのは臨済宗だけです。また、臨済宗の法を受け継ぐ人間禅でも自前の坐禅道場は現在でも全国他にあまりないので、当地はこの上ない幸運な地区でもあります。
是非この機会、この時間を各自の人生に活かして頂きたいと切に念願するものであります。
 
第117回岐阜支部摂心会結制茶礼垂示(H28.9.18)
2016.09.18
岐阜洞戸坐禅道場にて
文責 熊谷竜安
 
円了茶礼垂示
岐阜支部第117回摂心会円了に当たりまして、一言所懐を申し述べさせて頂きます。
 今回は前回に引き続きサンポー社参禅会が合同開催され、ほぼ全員の会員が出席されました。内容的には業務の関係上全日程を詰められた方はあまりないのですが、静坐、作務においては一般の社員の方も精力的に全山の草刈りや堂内外の清掃などに取り組んでいただき、滞りなく終了しました、従来にない盛り上がった摂心会となりました。
 東海ブロックにおきましては、10月1日より名古屋支部の設立記念摂心会並びに式典が挙行される予定であり、全国から師家方、各支部長・禅会長等がお祝いにご参集されますので、当支部におきましても摂心会や記念式に多数の応援参加を望みます。
 次回の摂心会は11月になりますので、是非この熱気で道心を継続して頂き、更なる捲土重来を期待したいと思います。
2016.09.14
岐阜洞戸坐禅道場にて
文責 小野円穹               
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (132)

茶道(煎茶)と禅

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2016/9/19 5:19

人間禅 岡山禅会 文化講演会

演 題
「茶道(煎茶) と 禅 」
     
・お煎茶の歴史

・お茶のこころ と 禅

・お茶を美味しくいれて飲む為に
 
講 師   山口宗幸
      
     ( 人間禅 名誉会員 )( 煎茶 幸和会 会長 )
      煎 茶  菩提仙唐流 教授
      抹 茶  速水流 教授
 
講 演   日 時 H28年10月15日(土)
                                               午後 1時30分 ~ 2時15分
            会場   岡山禅会 道場
 
 茶 会   煎茶席 ( 2席 )午後2時30分~3時50分
                     抹茶席 ( 1席 )午後4時00分~(本部:有楽流)
 
      問合せ;  TEL 090-1686-3436 (大竹)
      連絡先;  TEL 080-6398-1113 (田中)

人間禅 女性部茶道部10月岡山合同参禅会のご案内
平成28年9月13日
人間禅岡山禅会
 
このたび一般の方々、学生、女性の方向けの本格的な座禅を行う参禅会を開催いたします。
 
岡山でも座るだけなら、禅宗の寺を初め 多くありますが、日本の臨済宗の正脈の法を嗣ぐ師家に11で向き合い、古来からの公案(禅問答)によって、転迷開悟(悟りを開く)ができる座禅会は、岡山では『人間禅 岡山禅会』だけです。34日の日程ですがどこからでも出入り自由にしています。これは明治の初め山岡鉄舟・中江兆民らによって始められた本格的な人間形成(人格形成、肚づくり)の禅です。初心者への対応も準備していますので、安心してお越しください。

Ⅰ 10月岡山参禅会(文化講演会だけなどの部分参加もOKです)
期 日:H281013日(木)~16日(日)
会 場:人間禅岡山道場 岡山市中区216-8 TEL277-9285 駐車場有 地図はHP掲載
師 家:葆光庵丸川春潭 老師(岡山操山高校出身、工学博士、元住金技監)
副師家:竜穏庵井本光蓮 老師 提唱「遠羅手釜」10/14(金)1930~約1時間
参加費:5000円打ち止め;この中には参禅会費1000円と、
懇親会費1500円(1015日(土) 19時~21時、俳句会も同時に開催)、
食事代 300円/食 を含んでいます。
Ⅱ 文化講演会と茶会《講演会の後に煎茶席:抹茶席を用意しています》
演  題:「茶道(煎茶)と禅」~茶の心と美味しく飲むために~
講  師:山口宗幸 人間禅名誉会員 煎茶 幸和会会長(菩提仙唐流)
日  時:1015日(土)午後130分~215
場  所:人間禅 岡山道場    煎茶席の華やかな雰囲気をお楽しみください。
Ⅲ 茶  会
日  時:1016日(日)9時~10時    場  所:人間禅 岡山道場
内  容:お点前 上田宗固流(武家のたしなみ)  「道としての茶道」を群読など
 
 ※1014日(金)16時からと15日(土)1030分から、16日(日)は1030
から希望者は老師と面談ができます。
 
 ※1015日(土)の19時~は懇親会です。  俳句会も参加できます。(賞品あり)
【連絡先と問い合わせ】 TEL 090-1686-3436(大竹);TEL 080-6398-1113(田中)

 

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (143)

真道です!

岐阜県関市洞戸大野、のどかな山間に鎮座する人間禅岐阜洞戸坐禅道場。

14日(水)20時から18日(日)12時まで、一般社会人が参禅体験できる「摂心会」が開催されます。

http://www.scm-labo.co.jp/wp-content/uploads/2015/05/img_007.jpg 

座禅に興味がある、禅をやってみたい・・・という皆様。

ここ岐阜洞戸坐禅道場では、いままで仏教や禅にご縁のなかった方々に対して、伝統的な臨済宗の禅を体験し修行して頂けるように門戸を開いています。

すなわち、座禅を組んで集中力を付ける修行から、希望すれば正脈の師家に参禅できる本格の人間形成の禅の修行が可能です。


一般社会人の禅修行を在家禅と云いますが、人間禅は日本の最大の在家禅であり、起源は明治8年にさかのぼり、奥宮慥斎・山岡鉄舟・高橋泥舟・中江兆民らが円覚寺の初代館長今北洪川禅師を拝請して始まった参禅会が、今日の人間形成の禅(人間禅)のルーツになります。

会社員、自営業、主婦、学生など年齢・性別・国籍・宗派等を問わず、様々な人々が集い、平日の夜や、女性ばかりの座禅女子会、年に四回の本格的な参禅会など年間行事を決めて開催しています。お気軽にお問い合わせ下さい。


また、名古屋では101日(土)~8日(土)まで、善光寺別院願王寺にて「摂心会」を開催いたします。

こちらは新しくホームページも立ち上がりました。

是非、そちらものぞいてみて下さい!

http://nagoyazen.ningenzen.jp/modules/d3blog/

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (142)
味わいの極致」宗演禅師菜根譚講話(七)
 
 醲肥辛甘(じょうひしんかん)は真味(しんみ)にあらず。
 真味は只(た)だ是(こ)れ淡(たん)なり。
 神奇卓異(しんきたくい)は至人(しじん)に非(あらず)。
 至人は只是れ常(つね)なり。
 
醲(じょう)とは濃い酒のことである。
肥(ひ)は肥(こ)えた肉。
辛(しん)は唐辛子(とうがらし)のようにピリッと辛い物、甘(かん)は砂糖のようにあまいもののことである。
つまり、醲肥辛甘(じょうひしんかん)はすべて一種の美味であって、世人が常日頃舌鼓をうって喜ぶものであるが、しかし、いくら美味いからといっても、こればかり食べていたのでは、いずれ必ず嫌気を生じてくるに違いない。
 なぜなら、それは偏味(へんみ)というもので、真味ではないからである。
 真の味わいというものは、米の飯のように淡泊なもので、特にこれといううま味があるものではない。
 が、年がら年中、こればかり食べていても飽きるということがない。
 これが、取も直さず、味わいの極致である。



 これと同じく神奇卓異(しんきたくい)は至人(しじん)にあらずで、神奇(しんき)とは神変不可思議(しんぺんふかしぎ)のことで、卓異(たくい)とは世人(せじん)に異(こと)なった尋常(なみ々)でない人間のことをいう。
 かような人は決して、道徳の至った人ではない。
 道の究極に到達したほどの人は、ただ、これ、凡々である。
 世間並みである。一向(いっこう)に、変わった奇言奇行(きげんきこう)のあるものではない。
 孔子も「怪力乱神(かいりきらんしん)を語らず」と言って居られる。
 「禅の端(はし)くれをやった者」(禅学を修行と取り違えている者―禅を聞きかじったもの、中途挫折の修行者)が、すぐに大言壮語(たいげんそうご)したがって困るが、そんな手合い(輩やからー中途半端な禅者)はこの言葉についてよく味わうがよかろう。
 
(大正15年初版、昭和14年108版、「菜根譚講話」著者、釈宗演、京文社書店発行、東京市小石川区宮下町)
 

 楞迦窟釈宗演老師時代の「両忘会」と禅師の布教ー「禅」を世界に発信

楞迦窟釈宗演老師(1860-1919)は、明治・大正期の臨済宗の僧で、蒼龍窟今北洪川老師の法嗣(正統な法を継いだ人)です。禅道修行のかたわら慶應義塾で福澤諭吉に英語、洋学を学ばれました。
1887年、慶應義塾別科を卒業し、29歳の時に福澤諭吉や山岡鉄舟のすすめもあり、セイロン島とインド、中国等アジア各国に留学。その後円覚寺派管長を務め、明治26年、シカゴで開かれた万国宗教会議で禅(ZEN)についての講演を行い、欧米に禅を紹介されました。宗演老師は、建長寺派管長も併任され、鈴木大拙や夏目漱石も参禅するなど多くの在家の参禅者がおり、薫陶を受けたのでした。日本人の僧として初めて「禅」を「ZEN」として欧米に伝えた禅師として、よく知られています。

(人間禅岐阜洞戸坐禅道場 )

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (156)