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ブログ - 老師通信カテゴリのエントリ

禅茶録を読む(2)

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老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/27 6:43

(一)茶事は禅道を宗とする事
喫茶に禅道を主とするは、紫野の一休禅師より事起これり。其の故は、南都称名寺の珠光は、一休禅師の法弟なり、茶事を嗜(たしな)みて日々に行ひけるを、一休禅師みたまひて、茶は仏道の妙所にて叶うべき物ぞとて、点茶に禅意を移し、衆生の為に自己の心法を観ぜしむる茶道とは成れり。

茶の事は禅の道を基(もと)とする事
茶を飲むということについて、禅の道を中心にするということは、京都紫野(むらさきの)の一休禅師から起こった事である。その訳は、奈良平城京の称名寺(しょうみょうじ)にいた村田珠光(じゅこう)は一休禅師に参じた禅の弟子だが、茶事を好み心打ち込んで毎日修行していたのを、一休禅師がご覧になって、茶は仏道の極所にかなうものだ、と言って、茶を点(た)てる行為に禅の主旨を重ね、世間一般の人の為に自分の本心本性をよく察知させる方法としての茶道となったのである。
写真は人間禅東海支部(豊橋市下条金西寺)第24回摂心会(坐禅会)”朝の呈茶“でお点前を披露する遠藤大剣居士(金西寺庫裏奥座敷で)。大剣居士(知多市南粕谷在住)は人間禅有楽流岐阜支部宗匠、林有蘭禅子(岐阜市松山町在住)の茶道門下生。


注釈
前述の補注、広辞苑にもあるように茶道の由来は室町中期、臨済宗大徳寺の住持であった一休禅師(1394〜1481)諱(いみな)は宗純、号は狂雲、に奈良称名寺の僧であった村田珠光(1423〜1502)が一休禅師に教えを乞うため、京都に移り住み大徳寺で参禅していたが、禅師のすゝめもあって、禅味を加えた点茶法を始めた。これが後になって「侘び茶の祖」といわれる所以である。
「喫茶」という用語については茶に関する我が国最初の書、栄西著「喫茶養生記」2巻がある。1211年(建歴1)成、1214年(健保2)修訂。養生の仙薬として茶の効用を説き、将軍源実朝に献じたものという。

「喫茶去」 は茶席にかける掛物に揮毫される禅語としてよく知られている。意味は「まあお茶を一杯召し上がれ。」と禅林句集にはあるが、広辞苑では(仏)禅語。「お茶でも飲んで来い。」もともと相手を叱咤する語であるが、後には、お茶でも召し上がれ、の意に解され、日常即仏法の境地を示す語とされた。とある。
古賀英彦氏編著「禅語辞典」には「茶を飲んで来い。」「お茶を飲みに行け。」
「  「茶堂(茶寮)へ行って茶を飲んでから出直してこい」という意。語学上「去」を命令の意味の助辞とみると「まあ、お茶を一杯お上がり」(且坐喫茶しゃざきっさ―臨済禅師の語)という意味ではない。との最近の新説。
もともと「喫茶去」は晩唐期の禅僧 趙州(779〜897)が 三者の問いに三度とも同じように「喫茶去」と応答したという。が「趙州録」に出ている、つまり、三昧になって拈提(ねんてい)工夫すべき禅公案である。(五燈会元鈔講話―⁻如々庵芳賀洞然著)

穏寮兼茶室前の茶庭(関市洞戸大野、人間禅東海坐禅道場)



「茶」とは、茶の若葉を蒸し、これを冷却してさらに焙って製する。若葉の採取時期は4月頃に始まり、その遅速によって一番茶、二番茶、三番茶の別がある。湯を注いで用いるのを煎茶といい、粉にして湯にまぜて用いるのを抹茶または碾(ひき)茶という。
「点茶」抹茶を立てること。茶の湯。茶道。茶。ときに茶室の意にも。
「茶事」茶道に関すること。また、茶会。(以上は広辞苑)

「茶道」
およそ茶道には、社交の儀礼を兼ねた風流な遊びの面と洗練された高尚な芸術の面、および人間形成の道という宗教的な面との三つの面があり鼎の三足のように均衡のとれた体を成している場合こそ真の茶道といえる。とくに宗教的な道としての面が欠如しては、それは「茶の湯」であっても「茶道」という名に値しない。芸術や遊びであるとともに、何よりも人間形成の道であり、もっともすぐれた人間形成の道である禅と深く通ずるものであることが、「禅と一味」であるといえる。単なる風流な遊びや高尚な趣味芸術としての茶の湯が、そのまますぐに禅味と茶味が一味とはならない、茶の湯がどうあれば茶禅一味となり得るのかが次の項以後に説かれてゆく。
(文責 要道)

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人間形成の道⑬

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/24 7:54
警視庁剣道名誉師範 無得庵小川刀耕老居士
小川先生講演第十二段
鉄舟居士の境涯
「自己なければ敵なし」

身を捨てて又身をすくう貝杓子(かいしゃくし)
この「本体」が得られないと剣道では一生涯救われない。
山岡鉄舟居士が禅の公案「洞山五位」を透過して「無刀流五点」を創始した。
しかしこの第一関門である「妙剣」の位に至るには打ち込み三年、懸り稽古、捨身稽古に成りきった暁。禅なら公案の工夫三昧、精神的に死にきって、気息もまさに絶えんとする、大死一番(たいしいちばん)、絶後(ぜつご)に再蘇(さいそ)して、大活現前(だいかつげんぜん)大きな自己(天上天下唯我独尊底の自己)が誕生する。いわゆる鉄舟居士の三角矩「妙剣」、構えの「本体」。
「押せども引かず、引けども至らず。」
まことに雄大な気位(きい)といえるが、しかし禅でも剣道でもここに執着してしまうと他の存在を殺してしまい、差別の世界では自由に働くことが出来ない、個々人は生まれながらの金毛(きんもう)の獅子児(ししじ)であるに、かえって一端(いったん)の知見に対する執着が手枷足枷(てかせあしかせ)になって自由な働きが殺されてしまう。
そこで「無刀流五点」の第二段「絶妙剣」(妙を絶した働き、無心の中より働き出るの意)の位に至る。働きとは禅では身心一如(いちにょ)の働き(機)であるが、剣道では事(わざ)である。
本体である理だけを悟っただけでは十人十色の実際の場では働けない。そこで次の悟後(ごご)の修行が必要になる。この「絶妙剣」の位には浅いところと深いところの二段階がある。
先ず第一段階(前期)、この時期の修行が一番苦しく長くかかる。禅なら「まず坐る」こと、すなわち「蒲団(ふとん)上の工夫」(坐禅、数息観の更に密なる実修)と「実参実証」(正脈の師家につき参禅継続する)それと「日常の工夫」つまり道心堅固に(居士禅でも四句誓願文「仏の誓願」の第一句 衆生無辺誓願度(衆生は無辺なり誓って度せんことを願う)の実践である日々新たなる菩提心の渙発。 現代風に表現すれば 「自利利他(じりりた)の願輪を巡らして本当の人生を味わいつつ世界楽土建設をめざす」事等、そして家庭と職業をもち社会人としての本分を尽くすなどの三項目。
剣道なら古流の形で理法を学び、現在行われている竹刀稽古(しないけいこ)で形の理法を活用して理事一致(りじいっち)の修練をするとともに剣道即生活、生活即剣道の工夫を相続する、換言すれば剣道稽古と日常の生活の畔(あぜ)がきれることである、現代人の生活においてはこれは容易なことではない。

ここで大事な点は常なる自己反省である。反省して平生の自己の非を知る。その非をただすとまた新しい非が生まれる。非を知り非をただすいわば「聖なる修行」にまい進する。
禅の「平生(へいぜい)の正念工夫不断相続」。

つまり坐禅会等で経行(きんひん)して念々正念歩々如是(ねんねんしょうねんほほにょぜ)と凝念(ぎょうねん)したり、作務(さむ)するなど個々の三昧力を高めるなど坐禅会の行事に努めて参加して、居士禅の修行にも励む。
「妙剣」の一刀は、大きく立ち上がったところの一刀、「一刀 万刀を生ず」の一刀である。
「絶妙剣」の一刀は「万刀一刀に摂す」「万法帰一」の一刀であり、この「一」は「一瞬」であり境涯はすこぶる高い。
千葉周作はここを「夫(そ)れ剣は瞬息也(しゅんそくなり)。心気力の一致。」と言い、「我が剣はこれに尽きる」と言っている。
ここまでが絶妙剣の第一段階で、もう一つ大事な点は、この時代にはひたすら道力(どうりき)を養うということ。
金剛経に「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)―まさに住する所無くしてその心を生ずべし」という語が説かれているが、この語句の実行は、道力が十分に養われていないとできない。禅なら大いに坐って、数息観で三昧力をつける。
「人が一度すれば、吾は十度す」という量的問題でもある。






写真は「車窓の富士」
「晴れてよし 曇りてもよし 不二の山 元の姿は 変わらざりけり」(鉄舟居士)

次の第二段階(後期)はなかなか程度が高くなる。
人間の心には段階がある。禅では「境涯」という。
孔夫子は「吾、十有五にして学に志し、
三十にして立つ。
四十にして惑わず、五十にして天命を知る」と、このあたりからその人の修行の深さ得力(とくりき)がものを言う。「六十にして耳順(したがう)。

七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。」と。後期はこの七十の心境である。遊戯三昧(ゆげざんまい)、平常心是道(びょうじょうしんこれどう)の境涯。
ここまで行くと剣道も深く道に入って楽しみになってくる。日常生活の上でも役に立ち、剣道即生活となってくる。前期ではただ苦しいが、その苦しいところを通り抜けると楽しみになってくる。楽しみながら自己形成、「刻苦の光明必ず盛大」で、いずれ世界楽土の建立にも参画しようかということにもなる。
帰家穏坐(きかおんざ)これは禅の公案であるが、剣道でいえば大閑(おおびま)の空(あ)いた刀を忘れた「無刀の境涯」ここに到達できたら、自分一個の人間は剣道で形成されたと言っても過言ではない。妙剣、絶妙剣の二位は自利、つまり自己形成であり、真剣・金翅鳥王剣(きんしちょうおうけん)・独妙剣(どくみょうけん)の三位は利他、つまり社会形成である。鉄舟居士の「無刀流五点」はあくまで境涯であって、説明では届かない。説けば説くほどそのもの、実態から遠ざかってしまう。
山岡先生はまた「剣道悟入覚書」に「自己なければ敵なし」と書いているが、これが「真剣」の位である。「自己なし」とは、本当の「空」に徹すること。
当てるをもって足れりとする現代剣道は、自己があり、他があり、すべて対立の観念のせめぎ合いで、禅の「三昧三昧を破らず」の境涯には遠して遠し。これは「道」ではない。一般にいう競技、スポーツ等は畢竟心の内実を忘れた娯楽と同列に過ぎない。(一部「百回稽古・註」を参照)
(この項要道)

 


禅茶録を読む(1)

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/18 15:08
 
寂庵宗澤「禅茶録」片野慈啓 訳
2014年4月8日 発行
著者 寂庵宗澤
訳者 片野慈啓
発行人 片野鈴枝
東京都江戸川区西小松川町1-35 電話 03(3652)4796
印刷所 藤井印刷株式会社
定価 540円(消費税込み)
 
禅茶録は古くから茶道を志す茶人の指南書として座右において愛読され、現代でも心ある茶人の間では「茶の湯の精神」とでもいう「茶禅一味」の説を学ぶ場として度々各地の茶会や居士禅会で輪読もされている。
「茶事は禅道を宗とする事」から始まり、十章からなる。
 日本国語大辞典によると、この「禅茶録」は江戸初期、千利休居士の孫にあたる千宗旦居士の遺書、「茶禅同一味」を僧、寂庵宗澤(大徳寺住職沢庵和尚の門人と思われる、伝記の詳細は不明)が筆写、補足して文政11年 (1828年)「禅茶録」として上梓された。とされている。
補註
一休(1394〜1481)
室町中期の臨済宗の僧。諱(いみな)は宗純、号は狂雲。一休は字(あざな)。後小松天皇の落胤といわれる。京都大徳寺の住持。詩・狂詩に巧みで書画をよくする。禅院の腐敗に抗し、奇行が多かった。詩集「狂雲集」。
村田珠光(1423〜1502)
(名はジュコウとも)室町時代の茶の湯者。奈良称名寺の僧となり、のち京都に住む。大徳寺の一休に教えを乞い、禅味を加えた点茶法を始めた。侘び茶の祖といわれる。
武野紹鴎(1502〜1555)
室町後期の茶人。泉州堺の納屋衆(室町時代、納屋すなわち、海岸の倉庫を有した豪商。堺ではその中から選ばれた36名が会合―えごうー衆として市政をとった。)の一人。
もと武田氏。のち武野氏。一閑居士・大黒庵と号。珠光の門人宗陳・宗悟に茶道を学び、侘び茶の骨格を作り、千利休に伝えた。
 
千利休(1522〜1591)
安土桃山時代の茶人。茶道の大成者。宗易と号した。堺の人。武野紹鴎に学び侘茶(わびちゃ)を完成。
織田信長・豊臣秀吉につかえて寵遇が厚かったが、秀吉の怒りに触れ自刃。
千宗旦(1578〜1658)
江戸前期の茶人、利休の孫で、元伯・不審庵、のちに今日庵・咄々斎などと号した。
千家流の茶道を庶民にひろめ、その子らを分家させて、表千家・裏千家・武者小路千家の基を築いた。
沢庵(1573〜1645)
江戸初期の臨済宗の僧。諱(いみな)は宗彭(そうほう)。但馬の人。諸大名の招請を断り、大徳寺や堺の南宗寺等を歴住。1623年(寛永6)紫衣事件で幕府と抗争して出羽に配流され、32年赦されてのち帰洛。家光の帰依を受けて品川の東海寺を開く。書画・俳諧・茶に通じ、その書は茶道で珍重。著「不動智神妙録」など。
(文責 要道)

人間形成の道⑫

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/16 7:36
小川先生講演第十一段
「悟後(ごご)の修行」
山岡先生、山岡鉄舟居士はまた「無刀流五点」で第一番目の「妙剣」、第二「絶妙剣」、第三「真剣」について、「妙剣」とは本体のことで、道に入る第一関門である。この本体は単なる観念では得られない。道は行(ぎよう)より入って自得(じとく)する以外になく、剣道は剣道の稽古という行(ぎょう)から道に進む、禅は坐禅という行から道に入る。
そしてこの行をやる上において肝心要(かなめ)のものは三昧であり、これがもろもろの修行の基本である。
三昧とは古代インドの言葉(梵語)で、「心を一境(一対象)に住(とど)めて散乱させないこと」と解されている。剣道でいえば「真剣」、「一心」(いっしん)ということ。道の修行は、この三昧に入らないと目的は達せられない。
 
 
 
 
 
 
写真は岐阜県関市洞戸大野 人間禅東海坐禅道場、大日(夜坐)堂
 
涅槃経には「聞(もん)・思(し)・修(しゅう)」。正師(しょうし)に学び、それをよく思い、それから実際に修行する。どちらも三つのうちどの一つを欠いても修行は成就しない。聞思修で練っていくと三昧に入り、それで本当の自分、山岡鉄舟居士の言う「三角矩」(さんかくく)をつかむことができる。
三角矩は剣道の本体であり、無刀流では打ち込み三年の捨身稽古で得られるという。
三昧には浅いところから深いところまで段階があるが、初心者が三昧に入る簡単な手段は、剣道なら素振りである。
佐藤忠三範士は素振り三昧で大成し、ご自分で「素振り一生」と言っている。
禅では数息観(すうそくかん)。
白井亨は白隠禅師の「夜船関話」(やせんかんな)を読み、わずか二か月で数息観三昧を悟り得たという。
剣道の素振り、禅の修行の前段階、数息観は誰にでも出来るが、素振り三昧、数息観三昧、これは難しい。日常生活でも、食事三昧、仕事三昧、勉強三昧と、一日すべて三昧。その一日を一生涯つづけていくことが大切である。人間には細かーい念慮がある。切っても切れない蓮根の糸のようなものが後を引く。その細かい念慮を断ち切っていく。これも前述の鉄舟居士の「克己」(こっき)です。三角矩の構えができても(見性入理しても)さらに十年は「克己」「克己」で工夫を継続する。無味乾燥で苦しいから、皆やらない。山岡先生みたいに、今そういう事を教える人はほとんどいない。どうしたら試合に勝てるか、本でも「イメージなんとか」「試合に勝つ方法」などと、高等学校の生徒にもそんな研究をさせる、これは脇道にそれるばかりです。
(この項要道。)

5月10日(土)JR高崎駅西口で高崎座禅会の剣岳さんに出迎えて頂きました。
JR高崎駅西口駅前公園駐車場の「希望の像」
 
 
5月11日(日)「母の日」参禅会二日目、AM10時 参禅会日課「呈茶」(大勲位旧宅、青雲塾奥座敷で)
江戸千家流お点前を披露する高崎座禅会、清月禅子、半東は元新潟大学裏千家茶道会、 高崎座禅会新会員 中田抱月居士。(参加者は他に韶春、宗応、艸雲、剣岳、佐藤居士でした)
 
 
青雲塾の宝物、その一「備前焼壺」見附文雄作 青雲塾会館、大勲位資料館、書庫などには多くの貴重資料、宝物があります。世界遺産に認定された史跡「富岡製糸」見学の折には是非お立ち寄りを。
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人間形成の道⑪

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/9 18:33
警視庁剣道名誉師範 無得庵小川刀耕老居士
小川忠太郎講演「剣と禅」人間形成の道より
於 聖徳学園岐阜教育大学S63,10,16
小川先生講演第十段
「自分が自分になる」
「数息観」「素振り」によって、三昧力、心身の集中力を養う。これが最初の正しい修行。そうすると「禅は心なり、心とは自己なり」心を整理すると自分にぶつかる。モヤモヤとしていた自己が、「真実の自己」になる。これが第一段階。山岡先生は、これまでに3年はかかるぞ!と。それだから他の道場でいろいろやるな、うちの道場で、精一杯懸り稽古になりきれ!それでモヤモヤがなくなれば、本来自分は自分なんですから、自分というものに成る。それに剣を持つから、持てば「三角矩」、これは心の本体です。こうなれば「道」に入った。これが「悟入」です。つまり「悟」(さとり)です。
写真は真剣による「素振り」、「試し斬り」浜松武道祭より、浜松直心堂静坐会、妙剣居士提供
 
 
 
 

山岡先生
前述の剣道「無刀流」の開祖、山岡鉄舟居士。
三角矩
山岡鉄舟居士は、三年の苦修鍛錬により流儀の「体」(たい)が備わると言っている。この流儀の「体」というのは剣道の本体、「道」の本体のことで、「道」に入る第一関門。これを鉄舟居士は「三角矩」(さんかくく)と称して、「当流の門に入り剣道を学ばんとせばまずこの「三角矩」を初学第一の根源とす」と言っている。
万物は「体」(たい)があって後に「用」(ゆうーはたらき)があり、「体」が無ければ「用」はない。
剣法もこれと同じであるという道理を知って「三角矩」を固く守って修行すれば「体用不二」の奥義を得ることができるというわけである。
人間禅の創設者耕雲庵立田英山老師は鉄舟居士の「体用不二」に対して相(すがた)の一面を加え「体相用即一」を唱えておられる。仏教でいう「空」とは「如」(にょ)とも表現できるが、「如」は「体」(たい)相」(そう)「用」(ゆう)の三方面から眺めることができる。
例えば水であるが、水も、これを体・相・用の三方面から眺めて論ずると、水はH2O、すなわち水素2原子 酸素2原子 からなる化合物である。こう見るときはその「体」を論じているので、時と処とにかかわらず不変不易で、もしH2Oでなければ水でなくなってしまう。これを「相」という面から眺めると水は常温常圧のもとにおいては無色透明無味無臭の液体であり、常に水平を保とうとする。温度圧力が変われば固体ともなれば液体ともなる。これらは水の性質であり「相」でもある。
次に落差とか膨張力とかいう物理現象や、化学反応の速度を左右する化学現象を明らめて、水力電力や蒸気機関を走らせ、染色や醸造をするのはその「用」の面を応用している。(「百回稽古・註)(「人間形成と禅」より)              (この項要道)

人間形成の道⑩

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老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/5/1 9:45
警視庁剣道師範 無得庵小川刀耕老居士
小川忠太郎講演 「剣と禅」人間形成の道
於 聖徳学園岐阜教育大学 S63・10・16
小川先生講演第九段
「色即是空」(しきそくぜくう)
剣道も初心者より高段者に進むほど心の面で次第に自分が「無い」と感じる気持ちや「自分を空じた無念無想」の感覚を持つに至る者がいる。これは禅の本当の「空」の心境・境涯ではない。
「無」に留まった心の病気を「頑空(無記)」というが、禅だけでなく剣道でもこういう心の持ち方は非常に危ない、むしろ恐ろしい心の病気といえる。
京都北野の武徳殿で剣道九段の先生が或るとき稽古をやった。
一見すると落語か漫画にでもあるような話であるが、実際にあった話である。
相手が面を打った時、相手のところに行って「君は、僕が無念無想に構えているのに何故打ったのか?」と。
「儂(わし)の無念無想の構え(の意味)が判らぬのか?解かっていたら本来打ってはならないはず!それでは打った事にはならないだろう」とでも思ったのか?本来無念無想とは何も思わない、何も考えない、ということではなく、こだわりのない千変万化にはたらく心のことである。これなどは正に我こそは剣道の達人を自認する「頑空の剣道家」とでもいえるご仁である。


写真は岐阜県関市洞戸大野の「東海坐禅道場」での八重桜、桃の花咲く庭での座禅会(摂心会)作務(さむ)風景、今年四月下旬
「真空」、「色即是空」の真空なら打たれても打たれない。打たれるものではない。どうにでも変化する。
当のご仁、これで九段、本も出す、天覧試合には二度も出る。こういう病気に罹ると、これはもう剣道では救われない。「恐れる」ということを知らないといけない。禅でいう「頑空無記」という心の病気に打ち勝つ、つまり自己に「克つ」。
この修行を綿密にやる。己(おのれ)に克(か)つ、つまり「克己(こっき)」と。剣道は相手に勝つんじゃない、自分に克つんです。S先生(前述の斎村範士)は、“剣道は「克己」だ。「克己」で行くとどこまでゆくか?、これは無限である、際限がない”と言っていた。誠に至言なり「克己」であります。「頑空」という心理的「穴倉」にハマらないように、剣道稽古をズーット続けて行く。この修行時代が実に骨が折れます。禅の修行も同じで、「数息観」「素振り」によって、三昧力、心身の集中力を養う。これが初心の正しい修行の仕方。

頑空(無記)
剣道の修行は本体(構え)を悟ことが第一関門だが、構えが出来ても、それにとらわれてはいけない。構えにとらわれると、打たれても打たれていないと錯覚してしまう。本当の空の心境ではない。
真空・空
真空とは、本当の「空」、観念では得られない絶対の空のこと。この真空が本来の面目、つまり本当の自分、真実の自己、本体。道の修行は、この本体を悟ことが大事であり、その為に剣道や坐禅などの行が必要なのである。
大抵の人はこの本体に気づかないで毎日毎日、仕事をしたり暮らしている人が多い。
剣道で言えば本体に気が付かないで勝った負けた、打った打たれたとやっている。そういう自己は本当の自己ではなく虚妄の自己。
坐禅で剣禅一如(いちにょ)の境涯に体達したという白井亨は、わずか二か月でこの本体を悟ったが、「一刀流の一刀とは技ではない。父母未生以前における本来の面目であると」と、本体がいかに大事であるかを、「兵法未知志留辺」(へいほうみちしるべ)に書いている。
山岡鉄舟は無刀流入門規則で『初心の者予が門に入り、勇敢不退の志を励まし、苦修鍛錬する時は、三年にして流儀の体(たい)を備へん』と言っている。この流儀の体というのが本体(ほんたい)、本来の面目のこと。そして山岡鉄舟は、その体を備えていない者には他流試合を禁じている。体が備わらないうちに、つまり本来の面目をつかまないうちに試合に走ると、何時までたっても本体がえられないからである。(「百回稽古・註」より)        (この項要道)

前三回のお菓子のお話しは、伊豆網代の間瀬菓子舗でしたが、今回は四国愛媛県、旧川之江市(現四国中央市)の柴田モナカをご紹介します。
 
 この土地のご縁は、人間禅創立の昭和二十四年から間もなくの時に、この旧川之江で四国支部が結成されており、人間禅には所縁の土地です。
 
 ここの柴田モナカ本舗は、江戸中期創業であり、四国支部ご巡錫の耕雲庵老師が好まれたため、人間禅では有名なお菓子になりました。
特徴は、モナカの皮がしっかりしていることと、小豆餡が美味です。お抹茶のお菓子としても結構ですので、ぜひお試しください。


 
 
 お菓子の後の甘くないお話しは、 前回は、テーマとしては今日的課題である「原子力発電(原発)」を取り上げ、その背景すなわち三年前の3.11以前の認識についてお話ししました。
 
 今回は、一歩踏み込んで、3.11以降の経験を踏まえて、変更すべきこと、変更すべきでないことを整理してお話しします。勿論小生が、科学者であり且つ禅者であるという観点での私見であります。
 
東京電力福島第一原子力発電所被災後の見直しと課題
 2011年(平成23年)3月11日(金)に発生した東日本大震災は、日本史始まって以来の大災害をもたらしました。
そして、まことに痛恨のことは、人為的な原発トラブルによる二次災害の発生であります。
 
想定外トラブル存在下における原発のフィジビリティ
 世界的に見て日本の原発の安全対策はトップクラスにあったと考えられますが、想定を超えた大津波であったとは云え、完全にこの技術と政策が失敗策であったことを歴史的に証明してしまいました。
 
 考えてみれば、原発の敷地直下での大地震が生じないという補償はなく、テロとかテロ的国からの攻撃の標的にならない補償もないことを考えると、地球温暖化のための切り札として、原発で良いのかと云うことを、結果論になってしまいましたが反省をし、改めなければならないと考えています。
 
 すなわち核燃料終末処理が未解決であるということで、原発が未完成プロセスであるという以前の問題として、地震国日本で、またいろいろなテロの不安が存在する現代においては、あまりにもリスクが大きすぎる原発施策と考えざるを得ないという認識です。
 
地球環境問題は脱原発と地球温暖化対策の両立
 しかし現在、経済的にまた政治的に、地球温暖化問題抜きに原発是非論を展開している論陣がほとんどであります。
これは3.11以前の原発政策が、地球温暖化という現代人に突きつけられた大命題にたいしての苦渋の選択であったという歴史認識を忘れてしまった場当たり発言でしかないということです。
 
 すなわち脱原発は原発そのものの是非論ではなく、地球温暖化課題に対する対応変更であって、したがって脱原発には必ず、温暖化に対する対応変更の代案を示さなければならないのです。
 
そして当然でありますが、日本社会で明日から直ぐ電力供給を落とすことはできないのですから、リスクはあるがしばらく原発を稼働させなければならないのも仕方がないことでありますが、しばらくの間を如何に短くするかが問われているのです。
 
まさに3.11以降は、脱原発へのそして地球温暖化対応変更への移行期であります。
 
脱原発の対応策とその変換時期をどう設定するかを冷静に、そして早急に見極めなければならないのです。勿論ですが、原発の新規建設は論外であり、再稼働も如何に少なく抑えることが出来るかであります。
 
代替案を提示さず、移行時期を云わず、感情的に脱原発を唱えることは、科学に背を向けた無責任な人であり、また選挙とか政治力学にこの人類的課題を利用しようとしているだけの人と云わざるを得ません。
 
また逆に、発電コストを上げないためにというコンセンサスを利用して、電力会社の経営に荷担した政治行政は、絶対に許されないことです。
 
地球の自然と人間の自然のSustainability(持続)を可能にする人間の叡智
 物、自然、地球は、現代人にのみある物ではありません。
それらは全て、未来の人類より先に使わせてもらっているという認識が必要であります。
したがって使った後は、出来るだけ元通りにして次の世代に返すのは当たり前のことであります。
 
もっと大きく目を開いてみれば、地球は人類のためのみにあるのではなく、動物植物全ての種が地球上に生存し続けているのであります。
人類が、地球の資源や環境の限界を弁えないで、我がままなに活動して、多くの種が現在も絶滅していることも見過ごしてはならないのです。
 
 科学は未だ自然のほんの一部しか解明できていません。
人類の文化・文明も未だ途中段階です。
自然の摂理に学ばなければならないことは、科学の領域においても宗教の領域においても、まだまだ沢山あります。
 
 禅によって見、極める道は、科学者が純粋に科学の道に則って、自然に迫ることを正しくサポートします。
また価値観の転換は、釈迦牟尼の悟りまでさかのぼって、それを現代人が納得して受け入れることが必要不可欠です。
地球の持続(サステナビリティ)のために。
 
次回は、「科学者と禅」の総括を話させて頂きます。

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人間形成の道⑨

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/4/16 6:21
小川先生講演第八段
「数息観のすすめ」
剣道における稽古とは?まず最初に何をやるか。誰でもすぐに竹刀(しない)を持って打ちたくなる。そうではない。まず最初は、その打ちたくなる、うたれたらどうしょう、打たれないようにするには?、などと、胸中モヤモヤする、これらの胸中の念慮、計らいを更に自分なりに整理しようとする。
これが禅の修行でも大事なところで、坐禅を組んで、「数息観」(すうそくかん)に取り掛かる。吸う息と、吐く息を「ヒー、トーーっつ」と数える、これをずーっと「ㇷ―、ターっつ、 ミー、ツーっつ 」とこれを順次数えてゆくと、胸中のモヤモヤが次第に静かになる。
 
 
H24年浜松武道祭集団演武、浜松、三ヶ日舎房道場関係の写真は浜松直心堂静坐会の覚剣、妙剣両居士の提供
 
 
剣道では稽古の前にこの「数息観」を時間をとって修するのがいいのですが、坐禅用の坐布団が用意できないなど準備不足なら、「素振り(すぶり)」でもよい。誰でも出来る竹刀、または木刀を形通り握り、振り上げてまっすぐに振り下ろす。
 
佐藤某先生は「素振り一生」ということを唱えて、当代随一の剣士になられた。剣道稽古は最初やはり、これをしっかりやる。始めはたしかに面白くない。面白くないけれども無味乾燥なことに若い精力を注いで、そうしてモヤモヤした胸中にあるものをずうーっと下方に下げていく。
この胸中のモヤモヤをさらに脚の踵(かかと)にまで押し下げ、空じて、平生を快活、軽快に送るという境地は稽古を継続して行くとしだいに進んでゆくが、平生、日常生活にもその効果を及ぼしてゆこうというのが坐禅の修行とは共通するところの目的でもある。
注脚
佐藤某先生
佐藤忠三氏。(詳細不詳)
数息観(すうそくかん)
呼吸を数えることに集中して、三昧の境地に入る呼吸法。禅の修行の前段階に採りいれられたり、各方面で注目されているが、この呼吸法の成立過程は禅、仏教の修行とは直接関係はない。著書として立田英山「数息観のすすめ」(英訳共。)がある。
(この項 要道)
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人間形成の道⑧

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2014/4/10 0:41
 警視庁剣道名誉師範 無得庵小川刀耕老居士
(小川忠太郎講演「剣と禅」人間形成の道より)
於 聖徳学園岐阜教育大学講堂s63・10・16pm1;000・
「小、中学生の剣道」
剣道をやる者は、単に名利(みょうり)の為でなく、「志(こころざし)」をたてる。道に志す(こころざす)、つまり「求道心(きゅうどうしん、ぐどうしん)」の有無、これが基本、心の根本として此処が大事です。
ところが「普勧坐禅儀」に、「原(たず)ぬるに夫(そ)れ、道本円通(みちもとえんつう)、予(だれ)か修証(しゅうしょう)を仮(か)らん」、と。
道は元来円(まどか)に諸方に通じていて、修行も悟りもいらない、求道心などというものも必要ないという。
 白隠禅師は自ら著作された「坐禅和讃」(ざぜんわさん)で「衆生本来佛なり」“人間は生まれながら仏性を具えている。”という。これも禅の根本原理。
しかしそうではあるが、此れは一寸(ちょっと)でも(手許が)狂うと天地懸隔(てんちけんかく)、千万里の差が出ちゃう。(老居士この時、黒板の横に立てかけた木刀を手に取ると大上段に振りかぶる。老居士の全盛期からの得意技は上段からの面打ち。)
 
(写真は人間禅剣道「宏道会 」の創設者妙峰庵佐瀬孤唱老師墨蹟「水を掬【きく】すれば 月手に在り」)                                                                                                                                                                                                    単に名利、名声を求めることを目標、目的に生きて行く人と、そうではなく、道を求めて行く人では、いずれ(心の歴程として)千万里の差がつく。
一寸(ちょっと)でも出発点に差があると、到着点では千万里の差が出来る。ここで「求道心」「真実の道とは?の問題意識」が生きてくる訳です。
 先ず道にこころざす。若ければ若い程良いので、孔子は、「我れ十有五にして学に志す」、と言っておられるが、剣道も(人間形成の道として)中学一、二年位から始めるのが最適でしょう。
剣道は今、小学校から試合をさせる。また中学生から試合をする。これは一面危険な思想で、下手をすると{対立、競争}の観念ばかりを助長し兼ねないマイナス点があります。単に若ければ何でもよいのではない。
「求道心」を仮に分別すると、三っつになるとして剣道では「柳生流」の「三摩の位」を採用している。
第一に「習う」良い師匠につく。
第二に「工夫する」自分で大いに疑って修行する。
第三に「鍛錬」実際に稽古する。
この三ッの鼎(かなえ)のどの一つを欠いても、剣道はものにならない。
禅なら「大信根」(だいしんこん)先ず正師に就く。我も人なら彼(釈迦、達磨)も人なりとの自信を持って修行に向かう。
「大疑団」狐疑心、猜疑心などでなく、大きな疑いを起こして工夫する。
「大勇猛心」大憤志(自身の不甲斐なさに対する怒り)ともいう、勇猛の道心。引いては千万人といえども我ゆかんの気概。この勇猛心は後期の数息観にも直結する。
注解
天地懸隔(てんちけんかく)
天と地ほどの違い。
志(こころざし)
心の向かうところ。心にめざすところ。
志す
成し遂げようとする目標を心に決める。思い立つ。めざす。心がその方に向かう。
求道(心)
真理や宗教的な悟りを求めて、ひたすら修行すること。ぐどう。
名利(みょうり)
名聞利養、名聞と利欲。名誉と利得。
名聞(みょうもん)①世間に聞こえる名誉。世間の評判。ほまれ。②名誉をてらうこと。みえをはること。
普勧坐禅儀
道元の著書。1巻。1227年(嘉禄3)に坐禅による仏法を道俗すべての人々に勧めるために記した書。四六駢儷体で著され、道元独自の本証妙修・修証一等の禅を説く。
狐疑心
狐が臆病にもあたりを警戒して伺うような自己保身が目的のちっぽけな疑いごころ。
猜疑(心)
人をそねみうたがうこと。(以上広辞苑)