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ブログ - 二、初関透過(見性)と学生運動、坐禅の効用㊱

二、初関透過(見性)と学生運動、坐禅の効用㊱

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2019/8/19 1:51

二、初関透過(見性)と学生運動、坐禅の効用㊱


 大学一年になったら入門したいとお願いしていましたが、その当時耕雲庵老師は胆嚢炎を患っておられ、予定の摂心会がどんどん遅れて結局十一月のはじめにその年度の最初の摂心会がずれ込み、大阪大学の文化祭とかちあったために、入門してすぐ大阪にひきかえさなければならないタイミングで入門させていただきました。
 入門してすぐいなくなったと直日(じきひつ)以下の支部の幹部が老師から大変叱られたということを後日談として聞きました。
 しっかり禅の修行(参禅弁道)に取り組んだのは、
それから五か月後の春休み(大学一年の春休み、昭和三十五年三月)で、先ず神戸の会下山(えげやま)善光寺で開催されていた阪神支部の摂心会に結制(けっせい)から円了(えんりょう)まで詰めきりで参加しました。

当時阪神支部の担当師家は磨甎庵白田劫石(ませんあんはくたごっせき)老師でした。

春休みなので千葉県の松戸五葉塾の学生も数名来ていました。

阪大の一年先輩で経済学部の松浦月汀さんも未だ見性前で一緒に夜坐もしました。

足は痛いけれど気持ちがめげることはなく頑張ることは出来ましたが、初関透過(しょかんとうか)はできませんでした。

しかし自分では多くの問題を解くのではなくひとつの問題に集中すればいいのであれば何とかなる、大丈夫だと何の根拠もないのですが最初から自信を持っていたように思います。

そして円了後の懇親会で半分くらいまで行けたと自己評価の発言をして、磨甎庵老師に「全然だめだ!」と叱られたことを覚えています。

 

(丸川雄浄著「坐禅の効用」より)

 
 

 
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