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ブログ - 鎮守の森へ;太玄通信(5月)

鎮守の森へ;太玄通信(5月)

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2019/5/18 12:15
太玄通信(5月):鎮守の森へ
 
三重禅会 田中太玄
 
「何処の国がめでたく10日も休むか?」とテレビのインタビューで某大手企業の代表役員氏が呆れていた、かつての日本では考えられない愚策という、ゴールデンウィークもやっと過ぎ去り、一年で一番過ごしやすい季節となりました。そんなさなか、小学4年の息子にせがまれ、近所の鎮守の森という里山に、カブトムシやクワガタを捕まえに行きました。

 

 鎮守の森といっても、高みから見れば宅地開発の波間にポツンと浮かぶ最後の楽園、絶海の孤島にみえます。昔は、緑が眼下に広がる、まさに“鎮守の森”と呼ばれるにふさわしい場所だったそうです。ちなみに小生は平成の御代では一点繁華であった金華山の麓、長良河畔の岐阜市街育ちです。はからずも、いま、みえ県最先端の新興国際工業都市四日市ときわ学区に在住しております。
さて、梅雨前の現在、昆虫採集といっても昆虫たちはまだあらわれず、一匹もいません。これには親子ともども見事に時季外れ!!不覚の至りです。ただ、運動嫌いで、虫嫌いだった息子が、山の斜面をよじ登り、古木にすがりつき、その幹にあるこぶしだいの穴に手を突っ込んで、カブトムシを探す様は、本当に生きいきとして、目を見張るものがあります。俄然集中できるもの、何か好きなことを見つけたに違いありません。親としてはホット胸をなでおろしたことでした。
 
 最近、会社の若手と月1程度で飲みに行くようにしています。そんなこともあって思うのですが、小生の入社の頃と比べても、若手の多くが真の自分とは、人間としての本当の生きがいとは?など長い視点、広い視野での人生の問題、人の生き方等はあまり深く考えたり認識していないように思えます。バブル崩壊から「自分探しの旅」という言葉が流行って久しい平成末の時代から、今や日本は少子化が現実に目に見えて到来、更なる人口減・労働人口の減少、地方の衰退、止まらない市町村の消失、なべて人手不足で、外国人材が奔流のように流入して来ている令和総代がわりの幕開け。
自分がどういう人間で、なにがやりたいのか?もし、好きな仕事に出会い、グチや不満をこぼすことなく、少々のことにも耐えて、且つ活き活きと生きていくことができればこれは最高だと思います。しかし、それがインポッシブルで、どうでもよいことに不満に思ったり、職場や家庭での人間関係を殊更険悪にして、他人のスキャンダルや悪口などに興じて、老いも若きもストレス発散の一時の娯楽に我を忘れ、あたら貴重な青春・自己向上の機会と時間をぬるま湯の中の蛙のように無駄に浪費して、やがて煮え立つ湯の中で時既に遅く、なすすべもなく死んでゆく蛙のように思えてならないのです。
 そこでご紹介したいのが江戸城無血開城の功労者、無刀流剣道の開祖で真に維新の英傑であった、かつての幕臣山岡鉄舟居士に始まる“本格坐禅の修行”です。
鉄舟居士はまた、禅の師匠のもとで大事了畢、印可証明した後、維新の廃仏毀釈の嵐の中で「儂独りでも仏陀の教えを背負って立とう」と述べています。
”本格”坐禅の修行とは自分探しの、息の長~い、正しく、楽しく、仲の良い、調和とハーモニーに満ちた、大乗仏教の事事無礙法界を基盤にした、世界楽土建設の旅のことです。
この世界を目指す本格坐禅の修行と自分探しの関連性がしっくりこない方もおられると思いますが、つまるところ坐禅の修行の肝は常に雑念を取り除き、目の前のこと一一、一つのことに集中していくことです。身体にこびりついた過去からの雑念が抜けていくと、そこに本当の自分が蘇ります。本当の自分をしっかりとつかみ、来るべき、10、20、30年後の将来あるべき自分に向けて、日日新たに、活き活きと日暮らししたいと思うものです。
これらのことに興味、賛同されるかたは是非一度人間禅津・久居道場(久居日本文化研修道場)の本格坐禅体験会(1泊2日。3泊4日―1日だけでも可)にいらしていただければと思います。詳細はHP/ブログ欄・その他案内欄ご参照下さい。
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