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ブログ - 三重四日市禅会・太玄通信(3月):みちしるべ

三重四日市禅会・太玄通信(3月):みちしるべ

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2019/3/4 11:10

太玄通信(3月):みちしるべ

三重四日市禅会 田中太玄

四日市市内でも梅の開花を見かけるようになりました。寒かった冬も過ぎ去ろうとしています。四日市禅会の田中太玄です。今回は“みちしるべ”と題して。
2月の初旬に嫌なニュースが日本中を駆け巡りました。多くの方がご存知と思う女児虐待事件です。あらん限りの虐待を受けなくなった女児の事件は、無惨の一言に尽きます。あの世などないとわかっていますが、せめて天国で、慈愛あふれる両親の愛を体いっぱいにうけて、健やかに、にぎやかに、過ごしていてほしいと願わずにはいられません。
このようなニュースをきくと、あまりの悪の完璧さ、巨大さに、みるもの、聞くもの、すべてがしらけて感じます。頭上に広がる青空が、重油でべとべとのふたで覆われたように感じます。同じように感じられた方も多いのではないでしょうか?今回は、そんな閉塞感漂う世の中で、“みちしるべ”となるような方をご紹介したいと思います。
その方は小川刀耕老居士(平成4年帰寂)です。禅と剣道を極められた方で、現在も残る全日本剣道連盟の剣道理念を制定された方です。老居士に長年師事された長野善光老師(平成17年帰寂)が、老居士没後に追憶された文章を下記に抜粋します。老居士、老師ともに我々人間禅会の大先輩です。
~引用~ (下記引用文章の私 = 長野善光老師です)
昭和25年頃のことである。市川の坐禅道場での坐禅会に参加すべく道場に向かっていると私の前を歩く青年がいた。服装は大変そまつで背中のリュックもボロボロであったが、その堂々たる姿勢といい、活き活きとした歩き方、とくに足さばきのしっかりとして隙のないのを見て、日本にはまだこのような素晴らしい青年が居ることは誠に頼もしいと感心しながらついていくと、その青年は坐禅道場に入られる。驚いて追いついて誰かをみると、それが50歳の老居士であった。
この時の老居士のご勇姿は、今もアリアリと眼底に焼き付いている。扶養家族を大勢抱えて、明日の食事にもこと欠く状況の中で(解説:戦後間もない時期老居士は失職されていた)、大道を闊歩されるお姿は、正に真の道人と感じ入った次第であった。
~引用おわり~
もう一つ。老居士がなくなる直前の辞世の句を紹介します。

「我が胸に、剣道理念抱きしめて死にゆく今日ぞ、楽しかりける」
大道を闊歩する50歳の老居士には、活力を全身に漲らせて毎日を過ごしておられたご様子が偲ばれますし、辞世の句からはなくなる直前まで“楽しい、楽しい”とおっしゃられていたご様子がうかがえます。
禅と剣道で自分の心を芯から鍛えぬき、その結果得られたお力で死の直前まで楽しいとおっしゃられていた生き方があります。その禅が人間禅には受け継がれております。ご興味のある方は、一度人間禅の津・久居道場にいらしていただければと思います。

上記は老居士の直筆です。どなたかに“生きる目的は何でしょうか?”と問われ、上記の“正念相続”と答えられたエピソードが残っております
 
 

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