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ブログ - 哀れとも茄子は菊にうら枯れて、禅者芭蕉読本㉚ 

哀れとも茄子は菊にうら枯れて、禅者芭蕉読本㉚ 

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/11/10 1:34
哀れとも茄子は菊にうら枯れて、禅者芭蕉読本
 芭蕉が深川の草庵に入ったのは延宝八年(1680年、37歳)の冬であった。
その庵は生洲の杉山杉風の下屋敷に付設した番小屋を改築したものと伝えられている。
続深川集にみられる入庵の際の心境、及びその翌年延宝九年の春、門人の李下からおくられた芭蕉一本を庭に植えた、芭蕉庵命名のいきさつは前回までに述べてきたところであるが、深川での芭蕉の生活は俳諧がそのすべてであった。
「東日記」についで、同年七月に刊行された「俳諧次韻」が注目されている。「俳諧次韻」は伊藤信徳など七人で催した百韻七巻と五十韻一巻を収めた延宝九年正月刊行の「七百五十韻」を次いで、千句を満たすための新たに二百五十韻興行であった。
この連衆は桃青其角才丸揚水の四人で、信徳が京都で排風の革新を志していたのに呼応して桃青(芭蕉)が自ら次韻を主催したのであろうと推察される。
連句は一人の作ではないので、発句ほどは直接個人の特徴を知ることは出来ない、が、第三巻の最初の数句。
 
   世にありて家立は秋野中哉   才丸
     詠置く月に株萩を買ふ   揚水
   哀れとも茄子は菊にうら枯れて 桃青
     鮎さび寸たり海鼠漸く   其角
   雪の客霙(みぞれ)の客とふるまえば 揚水
     蘇鐵の亭(ちん)に題を設くる 才丸

以上の数句は、後の「虚栗」「冬日」などの風潮が感じられ、蕉風の開基とまでは言えないまでも、談林風の遊戯的文学的な付け合いの仕方から一歩転じて、蕉風の展開で一時期を画すると評されている。
 
うら枯れて(末枯れて);葉の先から枯れていく様。
鮎さび:落ちアユ。
海鼠;なまこ。
漸く;ようやく。読みは「暫く」ではない。
虚栗(実なし栗);


写真は炉端とつわぶきの咲く野趣あふれた市川の人間禅本部道場の庭,
(11月4日撮影)

芭蕉 「虚栗」跋文

栗といふ〔呼ぶ)一書、其味四あり。李杜が心酒を嘗めて、寒山が法粥を綴る。これに乃而(よって)其の句見るに遥にして、聞くに達し。侘と風雅のその生(つね)にあらぬは、西行の山家をたづねて、人の拾はぬ蝕(むしくい)栗也。恋の情つくし得たり。昔は西施がふり袖の顔(かんばせ)黄金鋳小紫。上陽人の閨(ねや)の中には、衣桁(えもんかけ)に蔦のかゝるまで也。下の晶には眉ごもり親ぞひ娘、娶姑のたけき争ひをあつかふ。寺の児(ちご)歌舞の若衆の情をも捨てず。白氏が歌を仮名にやつして、初心を救ふたよりならんとす。其如〔語)震動虚実をわかたず、宝の鼎に句者煉つて、龍の泉に文字を冶(きた)ふ。是必ず他のたからにあらず、汝が宝にして、後の盗人を待て。 天和三 亥年仲夏   芭蕉桃青鼓舞書

【要約】

 この集には四つの味があり、それが震動し虚実を分かたず融合して、俳諧の新しい世界を作ろうとしている。それは世の俳人が見残した所まで拾い集めて、未熟な所を救わんとする、世に拾われぬみなし栗の如くである。是は他の宝でなく自分の宝にして、真の理解者の現れるのを期待せよ。と謂うのである。この文章は跋文であるから、芭蕉の教える「新しい俳諧の世界」への自覚の芽生え、つまり芭蕉の新風への自覚と、談林俳諧が見失った文芸性の、再建を意図する気持ちが顕れている。
 
冬日;

芭蕉俳諧七部集 冬の日 より 「こがらし」の卷

笠は長途の雨にほころび、帋衣はとまりとまりのあらしにもめたり。侘つくしたるわび人、我さへあはれにおぼえける。むかし狂哥の才士、此國にたどりし事を、不圖おもひ出て申侍る。

狂句こがらしの身は竹齋に似たる哉    芭蕉

発句 冬人倫(竹齋・身)
「狂句こがらしの身」は、風狂の人芭蕉の自画像。「狂」は「ものぐるひ」であるが、世阿弥によれば、それは「第一の面白尽くの藝能」であり、「狂ふ所を花にあてて、心をいれて狂へば、感も面白き見所もさだめてあるべし」とされる。「こがらし」は、「身を焦がす」の含意があるので、和歌の世界では「消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露(定家・新古今集)」のような「恋歌」がある。芭蕉はそれを「狂句」に「身を焦がす」という意味の俳諧に転じている。さらに「木枯らし」で冬の季語となるが、同時に、「無用にも思ひしものを薮医者(くすし)花咲く木々を枯らす竹齋」という仮名草紙「竹齋」の狂歌をふまえつつ、名古屋の連衆への挨拶とした。

付け合い;
連歌、俳諧の用語。 (1) 連歌,俳諧で,575の長に対して77の短句を,または77の短句に対して575の長句を付け合せること。またはそのようにして付け合された2句一組のこと。その先行する句を前句(まえく) ,あとの句を付句 (つけく) という。付け方により,心付 (こころづけ) ,物付 (ものづけ) ,詞付 (ことばづけ) ,匂付 (においづけ) などさまざまの名がある。 (2) 付句のなかの物とか詞とかが,前句のなかの物とか詞とかに一読して関係のあることがわかるもの。たとえば松に鶴,柳に燕のように詩歌,故事,伝説などによって連想されるものなど。

(みえ四日市禅会俳句部)

参考文献 穎原退蔵著「芭蕉」、フリー百科事典、ウィキぺディア

 

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