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ブログ - 悟り・真理に到達する・在家の禅勝鬘経の世界㉚

悟り・真理に到達する・在家の禅勝鬘経の世界㉚

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/8/4 15:04

悟り・真理に到達する・在家の禅勝鬘経の世界㉚
 

十受の最後は摂善法戒(しょうぜんほうかい)です。
 

十、世尊、我れ今日より乃(いま)し菩提に至るまで、正法を摂受して、終に亡失せず。何を以ての故に、法を亡失するものは即ち大乗を忘る。大乗を忘るるものは即ち波羅蜜を忘る。波羅蜜を忘るるものは即ち大乗を慾(おも)わず。若し菩薩大乗に決定せざるものは、即ち正法を摂受する慾(おもい)を得ること能わず。
所業(しょぎょう)に随いて入りて永く凡夫地を越ゆるに堪忍せず。
 我れ是の如きの無量の大過を見、また未来に正法を摂受する菩薩摩訶薩の無量の福利を見るが故に、此の大受を受く。


 
 さて、その十番目の受を文字の上から一通り説明しますと「法を亡失するものは即ち大乗を忘る、大乗を忘るるものは即ち波羅蜜(はらみつ)を忘る」は三行(ぎょう)のことを言ったものです。
 第一は摂受正法の行(ぎょう)。
 第二は大乗の行。
 第三は波羅蜜(はらみつ)の行です。
 正法(真理)を実践する努力を失ったならば大乗を修得することはできなくなり、大乗を修得しなければ彼岸に達することはできない。という意味です。
 波羅蜜は到彼岸と訳され、悟り・真理に到達することです。
 正法・大乗・波羅蜜と使い分けていますが、彼岸に達するのが大乗であり、大乗が正法ですから帰するところはただ一つですから、これを三行に開いて誓っておられるところ、またそれなりに意義のあることと思います。
 この三行は正法を摂受する行から始まっていますので、正法とはどういうものか?
 一通りその悟りを開いている者でないと実践できません。
 聖徳太子は義疏で、この三行は八地以上について言われるもの、とされています。
 八地とは縁覚の境涯を得たもののことで、これは自利の極地です。
 まだ利他行に打ってでていないため大乗の徒とされていませんが、正法について一通りの悟りを得ているもののことです。
 そこで奮発して正法を摂受し、自利・利他兼帯の大乗を実践しょうと発願するならば、やがて菩薩・仏とさらに高い境涯に進むことができます。


正法・大乗・波羅蜜の三行を実践する誓いはこの高い境涯に到達しているものでないと、なにが正法か、どこに真理があるのか、皆目見当のつかない人達には実践のしようかないはずです。



聖徳太子像(四天王寺HPより)
 


 

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