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ブログ - 苦を抜き楽を与える、在家の禅「勝鬘経の世界」㉓

苦を抜き楽を与える、在家の禅「勝鬘経の世界」㉓

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/4/4 20:05
苦を抜き楽を与える、在家の禅「勝鬘経の世界」

仏教はいろいろと迷い苦しんでいる人たちから苦を除去して楽を与える教えです。

仏の大慈悲とは、云いかえると抜苦与楽(ばっくよらく)になります。

前回掲げた十大願によりますと、六と七の誓願は楽を与える方で、八と九は苦を抜くほうを示されたものです。

先ず第六の誓願では貧苦の為に苦しんでいる人達を助けるために財貨を蓄え衆生を利益(りやく)せんといっておられます。

此の世は多数の人が互いに寄り添い、助け合ってともに生き、ともに楽しんでいかなければ、自分だけがよくなれるものではありません。

夫人は他人の貧苦を救うために財貨を用いて、まわりの人がよくなれば自分もまたよくなるはずである。

大乗仏教はいつでも自・他共済です。

昨今、経済成長は帰するところ人間の幸福のためのものでなければならない、という反省が遅まきながら起きています。

それは当然すぎるほど当然なことですが、本当に人間を幸福・しあわせにするにはどうしたらよいのか?

これはむしろ大変むつかしいことで、ただ福祉に金を使い、物質的に助ければよいというようなものでもないでしょう。

なべて福祉を充実させることによって、かえって個個人のモチベーションを減殺させるような場合も考えられます。

そこで物・心両面から衆生を救い幸福を与えるためには正しい教えに従って、正しい道を力強く実践しなければなりません。

勝鬘夫人はそれを第七の誓いで明らかにされるのです。

 夫人は「自ら己(おの)が為に四摂法を行ぜず」と誓っておられるのです。

四摂法というのは布施・愛語・利行・同事のことで、これは菩薩が人を導くための四つの方法です。



「施無畏」の扁額と軸(法隆寺、浄土寺蔵)


 

布施は施(ほどこ)しですが、これには財施と法施(ほっせ)があります。

物質的に苦しんでいる人には物を施し、精神的に悩んだり、邪道に陥っている人には法を施す。

この両方を兼ね備えていなければ衆生を救い、福祉国家を築くことはできないはずです。

次に愛語というのは、いたわりの言葉とみてもよいが、いつわりのない言葉といったほうが適切でしょう。

口で立派なことをいっても、行っていることがその逆では、いくら福祉、福祉と掛け声ばかり大きくても役に立つものではありません。

利行とは他人を利益(りやく)する行いで、口でいい、意(こころ)で思い、身をもって行う。

いわゆる身(しん)・口(く)・意(い)の三業(ごう)をめぐらして他人を利益(りやく)するのが利行です。

最後の同事は、相手と自分が一つになることです。

悲しむときにはともに悲しみ、喜ぶときにはともに喜び、苦しむときにはともに苦しみ、楽しむときにはともに楽しむ、これが同事です。

以上が四摂法ですが、この教えを学び実践するのは自分のためではないと、堅く戒(いまし)めています。

世のため人のためといえば立派な善行のようですが、その善行の裏には自己に対するメリットを計算に入れ、他の為というのが、実は自分のためにする意図が隠されている場合が案外多いものです。

夫人はややもすると陥りやすいこのような欠陥を細かく指摘して自ら自戒し、一切衆生のための故に「無愛染(あいぜん)心・無厭足(えんそく)心・無罣礙(けいげ)心」を以って衆生を摂受せんと救済の決意を示された。、

(小野円照著「勝鬘夫人の告白」より)

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