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ブログ - 天山南路を西へ、三蔵法師と歩んだシルクロード②

天山南路を西へ、三蔵法師と歩んだシルクロード②

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
人間禅東海岐阜・三重 2018/1/12 13:21
天山南路を西へ、三蔵法師と歩んだシルクロード②

タクラマカン砂漠では天山山脈の北を通る天山北路、天山の南を通る天山南路、そしてタクラマカン砂漠の南に沿う西域南道がある。
わたくし達は法師が辿られた天山南路を西へ進んだが、シルクロード沿いのオアシス、トルハンやクチャ近郊に三蔵法師の足跡をたどることができた。
 はじめ三蔵法師はトルファンの北の高昌国王に請われてこの地で仏教の講義をされている。
 国王は三蔵法師の博識と徳に感銘して、この国にとどまることを願うが法師の意志はかたく、やむなく国王は金銀はじめ馬、従者、そして西域の国王への親書を手渡して送り出した。
 法師は帰途この国に立ち寄る約束をされたが、その前に高昌国はすでに唐に滅ぼされており、今は崩れかけた日干し煉瓦の建物跡がどこまでも広がる廃墟であった。
天山南道のオアシス、クチャ西のキジル千仏洞は200余りの石窟内に仏画が描かれた遺跡であるが、ここにも三蔵法師は赴かれたとされている。
またクチャ近郊には法師ゆかりの遺跡・スバシ故城がある。
 仏教寺院として大いに栄えた当時は百余りの伽藍に五千余名の僧侶がいて現在の高野山のような一代仏教都市を形成していた。
 三蔵法師はこの寺院で2か月のあいだ仏教の講話をされている。
 しかし現在は天山山脈の静まりかえった広大な麓に日干し煉瓦の遺跡が点在するだけであった。
 これらのオアシスでは天山山脈の豊かな雪解け水を受けて果物の栽培が盛んで、道路沿いにはスイカや瓜などの店が並び、これらの果物を行く先々でのどを潤したが、空気が乾燥していて大変おいしかった。
 また道路沿いの店では餃子や羊の串焼き・シシカバブを作って売っていた。
 またこちらの主食であるパンに似たナンはこちらで食べると美味しかった。
 空港で買ったナンを日本で食べるとこれはそれほどではなかった。

(人間禅誌「禅」新年号より)




スバシ故城の東寺区

スバシ故城の西寺区(公開中)

スバシ故城(中国語;苏巴什佛寺遗址、英語;Subashi (Buddhist Temple) Ruins)は中国新疆ウイグル流自治区クチャ郊外にある仏教遺跡である。「大唐西域記」で言及されているアーシュチャリア寺(昭怙厘大寺)と考えられていて、それが正しければ亀茲最大の仏教寺院であった。クチャ川を隔てて東寺区と西寺区に分かれていて、後者が公開されている。大谷探検隊もここを訪れている。2014年に世界遺産に登録された「シルクロード長安―天山回廊の交易路網」の構成資産である。(ウキィペディアより)

 
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